治部殿狐10

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三吉三 / 人外 / 文学パロ

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 篝がばちばちと闇を弾く。幾つも据えられた篝の照らす、その真ん中に吉継は座らされている。ろくに歩きもできぬ体のなにが恐ろしいのか、後ろ手に縛られ、口には猿轡を噛まされている。
 獣でもあるまいし、噛みつくわけがなかろうに。どころか、まともな人間ならば、舌噛みきって勝手に死んでくれるかもしれぬになァ。
 ヒヒヒ、と吉継はいつものように笑おうとして、しかして耳に届くのは、フッフッという獣じみた呼吸音のみであった。それにまた、笑いが込み上げる。かような無様をさらすことになったのも、すべてこの無力な己を恐れてのことである。
 刀では敵わぬ。奮うだけの力は既に吉継には残されてはいなかった。だが、人々は吉継を恐れた。
 その目、その舌、その病によって。
 今も、フッフと絶え間なく漏れる吐息に触れることさえ恐れるように、刀を腰にさした武士供がある一定の距離をとって吉継のまわりを囲っている。吉継が身動ぎする度に、ガチャガチャと具足の擦れる音が響く。吉継は呆れたような視線で辺りをぐるり一周すると、ついにその白い眼を真正面で床几に座る男へと据えた。今から殺そうという男の視線に、怯えたように目を逸らす。見慣れたその動作に普段ならばなんの感慨も浮かばない筈が、吉継の頭を掠めたのはあの透き通るような琥珀色であった。
 アァ、アレを見たがわれの運の尽きであったか。
 さすがに口も塞がれた状態で、この状況を打破する手立てを見つけ出すのは至難の技だった。人間はもとより、神仏さえ頼らぬ吉継に、この期に及んで期待する助けなど皆無である。
 せめて、魂なりと共に地獄に引き込んでやるかと、瞳を歪ませ名ばかりの主君をねめつけた――その時だ。

 びゅうっ、と強い風が横殴りに吹き付けて、一瞬にして場は闇に落ちた。

 次いで聞こえる、ギャアという野太い悲鳴。刀を打ち合わせる音に、ゴトンと重たい物が落ちる音。怒号に混じる、血の臭い。
 忙しなく目を動かし、辺りの様子を探っていた吉継の手の戒めが、ぶつりと音を立てて切れた。
「天守へ」
 耳元にそっと吹き込まれた声は、はてさて、人のものか否か。
 きつく結われていた猿轡を投げ捨てて、吉継は不自由な足を天守へ向ける。どんな気紛れかはしらないが、どうせ死ぬならあの美しい化け物に殺された方が、何倍もマシであろう。

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2011/06/12

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