治部殿狐11

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三吉三 / 人外 / 文学パロ

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「おや、追取刀だ。何、何、何、ヤア、ヤア、殿、殿」
「もういい」
 むっすりと不機嫌顔で三成は左近をたしなめた。すでに筆は置いてあっる。こう煩くてはろくに仕事も出来やしない。
 三成の苦い顔もなんのその、左近はといえば欄干から身を乗り出したまま、
「もういいじゃあありません。アレがいいとおっしゃったのは、殿じゃありませんか。や、捕手がかかった……しめた! ほぅ、上手いこと抜けますなあ……そこだ! 一人腕が落ちた。おや、胴切り。何も働かずともいいものを、五両二人扶持らしいのが可哀想に首が飛ぶ。ハハ、喜内の野郎、はしゃいでいやがるな」
「はしゃいでいるのは貴様だろう、左近。今さらなんだ。人死になんぞ珍しくもない」

 主が呆れ始めたのがわかったのか、やっと振り返り照れたように左近が笑う。
「や、確かに太閤さまの御時分から飽きるほど見てはおりますし、この手で殺めもしましたけれど――しかし、こうして上から見ますと格別の趣がありますもので」
 ハハ、と笑って、けれどもう外に目を向けている。
「おや、天守に逃げ込んだ。槍まで持ち出して、大勢で追詰めて」
 ここまでくると、天守閣にまで騒ぎは大きく響いてくる。三成の眉間の皺がますます深くなるのを見て、左近は苦笑いを浮かべた。
「天守を騒がすのは殿に申し訳ない。下で蹴散らして参りましょう」
 返事も聞かず、しゅっと影が欄干を越える。もっともなことを言ってはいるが、ただ暴れたいだけであろうと、三成は鼻を鳴らしてそれを見送った。これほどに騒がしいのは幾年ぶりのことであろうか。百年か、二百年か。もしくはごく最近かもしれぬ。
 とはいえ、三成が煩さを理由に仕事を取り止めたのは、これが初めてのことではあるが。
 ダダン、ダダンと梯子が鳴る。三成はそちらにゆるりと顔を向けた。血にまみれた手が出る、首が出る、胴が出て、ばたん、と前に崩れる。
 ヒッヒ、と倒れた影は少し笑って、そうしてそのまま体を起こさず這うようにして天守へと上がり込んできた。
「ぬしの言いつけを破りにきたわ」
 サア、殺せ。
 白い目が三成をみとめてにやりと歪んだ。

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2011/06/21

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