治部殿狐12

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三吉三 / 人外 / 文学パロ

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 投げつけられたいささか物騒な物言いにはなにも返さぬまま、立ち上がった三成が衣を引いて吉継の前に立つ。長細い刀が黒塗りの鞘に入って、帯の前に挟んである。それは太刀としては長すぎる代物であったが、しかしこのすらりとした化け物にはよく似合っていると吉継は思った。
「化け物にも情けはあろ。サ、一息に斬り殺してくりゃれ」
 被っていた布切れを取り去ると、吉継はぐっと首を前に伸ばした。こうまですれば、いくらなんでも打ち損ねるということはあるまい。大仰な長物がなまくらでなければの話だが。
 軽く目をつむって最期の痛みを待つ吉継に――いつまで経っても望みの物は与えられなかった。
「死にたいのか、貴様は」
 この期に及んで何を言うのか。思わず吉継は顔を上げる。琥珀の双眸を呆れたように見返した。
「さきほどからそう言うておろ」
「では、本当に死ぬのか」
 変わらぬ顔で淡々と、死ぬか死なぬかと聞いてくる男に吉継は段々腹が立ってくる。
 吉継とて己の命の行く末を己の好きに選べるのならば、自ら殺せとゆするような、こんな真似はせずにすんだのである。ここで三成の手にかからねば、そう遅からず追ってきた侍供に殺されるのであろう。手向かい出来るだけの力は吉継にはない。
「ぬしさまは随分と化け物らしくない化け物よなァ。人間の一人や二人、殺すも他愛ないであろ。それともソレ、そのように渋るはまさか腰に差したは飾りかえ」
 嘲るように笑ってやれば、三成の顔がわずかに歪む。きゅっと眉間に皺が寄る。
「貴様が、半分生きると言ったのだろう」
 今度は吉継の眉間に皺の寄る番であった。確かにこの男を相手にそんな戯れ言を吐いた覚えがあるが、しかし、目の前の生き物にとって人の生き死になどさして意味のないことではなかろうか。
 そうか、と吉継は自嘲する。死ぬつもりで来た天守であるが、どうやら己はこの化け物になにやら期待をかけていたらしい。もしか己を助けてくれるのではないかと。だからこそ、耳元に囁かれた姿なき声に、いやに素直に従って、ここまで重い体を引きずり逃げ延びた。
 己に似合わぬ甘い考えは、久しぶりに見た己を蔑まぬ瞳の所為かもしれなかったし、明らかに人ではない彼の容貌の所為かもしれなかった。
 化け物にすがってまで生きたいとは、いよいよ惨めよな。
「仕方なかろ、大殿が死ねと言いやるゆえな。今にここにも人が来やるわ」
 だから、遅かれ早かれ己は死ぬ。そう、自身に言い聞かせたつもりだった。
「ならば、死ね」
 かちゃり、頭上で鯉口が切られる。

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2011/07/01

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