治部殿狐13

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三吉三 / 人外 / 文学パロ

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 目の前を赤が飛ぶ。床を、壁を、散った赤が彩るのが雪洞の薄明かりでもよく見えた。
 悲鳴を上げる暇さえ与えられなかった首が、半端に開いた口を晒してごろりと転がるのを、吉継はぼんやりと眺めていた。
 一体、何が起きている?
 吉継の困惑など構いもせず、三成がつまらなそうに己が落とした首を拾い上げる。ばたばた切り口から血が落ちて、また跳ねた。三成の美しい銀鼠の袴に黒く染みがつく。座りこむ吉継の晒しにも、赤く染みがつく。
「……不味い」
 じっと首を見つめていた三成がなにを思ったか、唐突にべろり、と垂れる血を舐め上げた。思わずぎょっと目を剥いた吉継であったが、ついでもらされた不満げな唸り声にはつい声を立てて笑ってしまう。
「ようやっと化け物らしいことをすると思うたら」
 ほんにぬしさまは、と言いかけた吉継の手首を、不意に三成が引き上げる。一体この細腕のどこから、と思うほど強い力で引かれたかと思えば、たたらを踏んだ体を抱き止められる。
 目と鼻の先に、秀麗な面がある。
「私は石田治部少輔三成だ」
 それだけ言って、ぽいと放られた。先ほど落とされた首のように、吉継はころりと床に転がる。
 いきなり引き寄せたかと思ったら、捨てるように投げ出すとは。本当に、この男は何がしたいのか。
 文句を言おうと顔を上げた吉継の視線の先で、また、ひゅん、と別の首が跳ねた。
「……治部殿」
「三成だ」
 爪先で首を小突きながら、三成が訂正する。吉継はハァ、と間の抜けた声をもらす。
「三成、ぬしはなにをしていやる」
 やっと三成が振り返った。名を呼んでやったからなのか、なぶっていた首が梯子の下へと落ちた為なのかはわからない。
 階下からぎゃあと悲鳴が上がる。悲鳴の中を、雷が落ちるような笑い声が響く。鬼が笑えばこうであろうというような声である。
「見ればわかるだろう。人を斬った」
 階下の喧騒など三成にはどうでもいいのであろう。放っておいたもう一つの首も下へ蹴り落とすと、騒ぎ声は更に大きさを増す。
「これで貴様は、半分死んだ。残りの半分は私のものだ」

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2011/07/05

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