治部殿狐15
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三吉三 / 人外 / 文学パロ
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三成の見ている先で、男の体がぐらりと傾いた。そのまま床に倒れたかと思うと、もうぴくりとも動かない。
三成は男の体に細い矢が一本、突き立っているのを認めた。矢尻の刺さった箇所から、じわり、赤が滲むのを呆然と眺めている。
先ほど人を切った時はただただ煩わしかった赤が、今はどこか恐怖を帯びて三成の目に突き刺さる。その意味から必死で目を逸らし、よろよろと近づいて傍らに膝を折った。
名を呼べば起きるだろうか。この男の名はなんだったか。何か、言っていた気がするが。
「ぎょうぶ」
そうだ、“刑部”だ。口にした名は思いの外、舌に馴染んだ。そのまま、刑部、刑部と何度か呼ばう。
「いかがなさいました、殿」
いつの間にか左近が後ろに立っている。三成は答えない。まるでそれ以外を忘れたように、一つの名だけを呼んでいる。その様子を見ていた左近が、そっと目を伏せたのに気づく気配もない。
「……済みませぬ、殿」
「刑部、起きろ。刑部」
「お止め下さい。もうその男、死んでおります」
姿のない男の手が、三成の肩にかかる。その手を乱暴に振り払い、三成が吼えた。
「欲しがれと言ったのは貴様だろう!」
金の瞳から赤が一筋、つうと流れる。はっとした様子で左近が身を引く、次の瞬間にはもう、そこに三成の姿はなかった。
目だけがぎらぎらと赤く光る、黒い獣が慟哭する。
一瞬、ふわりと身を沈めると、左近に向かって跳躍する。最期を覚悟し、目を閉じた左近の真上を飛び越えて、その爪はそのままそこにいた人間供を一気に横薙ぐ。
主に気を取られ、左近は気づかずにいたが、幾人もの武士が今が好機とばかりに天守へと登ってきていたのである。
ところが急に現れた巨大な獣には、戦意も消えて失せたと見える。女のような甲高い悲鳴を上げ、我先にと梯子に取りつく様は滑稽としか言いようがない。当初の目的である吉継が、奥で倒れていることに気づく余裕など勿論あるまい。
人間供の混乱を嘲笑うかのように、獣は腕を、首を食い千切り、吐き捨て、一方的な虐殺を続けている。
こうなった殿は止められぬ、と左近は苦々しく唇を噛んだ。この城の者全てを殺し尽くすまで、けして止まらぬであろう。
人の命などいくら失われようが微塵の痛みも感じぬ左近であるが、己の言の為にここまで荒れた主を見るのには胸が痛んだ。
左近の主は、喪失を許容できない。
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2011/07/18
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