治部殿狐16

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三吉三 / 人外 / 文学パロ

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 その獣はまるで泣く代わりに殺戮を続けているようだった。四肢をもがれ、命を食い破られていく侍供の上げる悲鳴の中で、一層悲しく獣は鳴いた。
 人にとっては理不尽であろう。しかし人が獣の悲しみを解しえないように、獣もまた、人の悲しみを解しえない。一方的な虐殺を、止める術を左近はしらない。

 唐突にびかり、空を稲妻が走った。

 天守に光が満ち溢れる。生きている者もそれ以外の者も、目を開けていられる者は誰もいなかった。左近もまたその一人である。耐えきれず閉じた瞼をようよう上げる。いまだ衝撃から立ち直れず、うずくまる人間供。そうして、光の輪に捕らえられ、地に伏し低く唸りを上げる黒い、獣。
「殿っ!」
 今を逃せば死ぬのは己等だと、わかっているのだろう。手に手に槍刀を携えて、人間供が獣に群がる。首をめがけて切っ先が突き付けられる。左近は吼える。間に合わない。
「返礼ぞ」
 キンと冷えた声とともに、ごろりと新たな首が天守に投げ込まれる。討手わっと引き、うちの一人が恐る恐る首を拾い上げる。とギョッとしたように腕を伸ばした。
「南無三宝」
「間違いない、殿様の首だ。一大事とも良いようなし」
 立つ足もなく、侍供が生首をかこみつつ乱れて退いた。
 再び人の失せた天守に、するすると衣擦れの音が響く。するのはそれと獣のぐるぐる言う唸り声ばかりで、まるで足音も立てずに彼は獣の目前に歩を進めた。
 黒緑の上衣に萌黄の打ち掛け、覗く手は白磁のように白い。小さな顔をさらに小さく見せるようわずかにかかる髪の色は狐の毛皮のような、柔らかな山吹茶である。ほっそりとした立ち姿に、三成に優るとも劣らぬ整った顔立ちは、彼を男のようにも女のようにも、わからなくしていた。
 美しい顔をしてはいても、その面は能面のようにぴくりとも動かない。わずかに薄い唇が震えた、それだけである。
「あれしきの小者相手に大立ち回りとは、貴様よほど閑なようだな」
 獣は変わらず暴れている。己を縛る輪から逃れようともがき、己を縛った者に牙を向いて吼える。
 獣を見下げる褐色の瞳が、一瞬、哀憐の色を帯びた。
「その様子では、いまだ狂褪めやらぬか」

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2011/07/30

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