星夜見2

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三吉 / 女体化 / 豊臣軍

※蝶嫁御番外編。

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「みつな」
「佐吉!」
 秀吉の手が伸びきる前に、半兵衛が床几を蹴倒して三成へと駆け寄った。元服を迎え、名を改めたのも、つい先日のことのようだとは言いながら、とっさに幼名が出てくるとは、半兵衛も相当慌てているのだろう。かくいう秀吉も、大将はいかなる事態においても動ずるべからずという戦場の基本を、丸っと忘れてしまっているのだが。
「佐吉、その血はどうしたんだい! まさか、目に傷でも負ったのかい!?」
「……はんべえさま?」
 ほほに手を当て、ぐるぐると回し、傾け、近づけ、遠ざけて、傷口を探す半兵衛に、三成はされるがままになっている。どこかうつろな瞳が半兵衛を写し、ぽつりと声をこぼした。いつも生真面目にすぎる三成にしては、常にない様子である。頭でも打ったかと、半兵衛の三成を扱う手がさらに忙しさを増した。秀吉も従軍している医僧を呼ぼうと、腰を上げかけ、ふと、気づいた。
 三成は今日は朝から本陣にいた筈である。では、いつ傷を負ったのか?
「三成、今日は敵と交戦したか」
「いえ……、それがどうかされましたか?」
「どうかしただって!」
 半兵衛の名誉の為に断っておくが、普段、三成が怪我をしたくらいで半兵衛はこれほど取り乱したりはしない。足の早いくせに血を避けるのにずぼらをする三成は、一旦戦に出れば全身に血を被り、他人の血か己の血かもわからぬような状態で帰ってくることも珍しくはないのである。そんな時は半兵衛も秀吉も呆れた顔をして三成を迎え、三成は三成で叱られた子どものようなばつの悪い顔をして帰陣するのだ。
 秀吉も半兵衛も武士である。三成もまた、幼少より武士たれと手元で育てた子どもである。ゆくゆくは豊臣の後継に、とも考えてはいるが、それでも過保護に育てたつもりはない。喧嘩に負けて帰ろうが、怪我をして戻ろうが、世間の子ども、一般の兵士と同じように遇してきたつもりである。さすがに初陣の時は半兵衛も白い顔を青くして三成の帰陣を待っていたが、以降はそんなこともない。
 では何故、今ばかりは慌てているのか。
「どうかするに決まっているじゃないか! なんでいつの間にか怪我なんかしているんだい!」
 ……要は、予想のつかない事態に対して、混乱しているだけなのだ。
「怪我……」
 ぼんやりとしたまま三成が視線だけを己の体の上に落とす。顎を伝っていた赤い涙が、ぽたり、と黒い甲冑の上に落ちた。それでもまだ理解できていないのか、ぱちぱちと数度瞬きをくり返し、ようやくほほへと手を伸ばした。
「……血?」
「ああ! この調子じゃ埒があかないよ! 医僧を……」
「待て、半兵衛」
 片手で半兵衛を制し、秀吉はその大きな体をかがめるようにして三成に顔を寄せる。
 やはり、外傷らしい外傷は見つからない。
「三成、もしや泣いておるのか」
「は?」
「え?」
 秀吉の言葉に、半兵衛と三成が虚をつかれたような顔を見せる。ぱちり、三成が瞬きをして、ぽろりとまた赤い血水が落ちた。

 昼からずっと進めていた針仕事をいったん膝の上に置き、ふぅ、と吉継はため息をもらした。知らず、根をつめていたらしい。ひどく肩がこっていた。
 指先まできつく包帯を巻いた手で、着物の上から肩をもむ。何気ない仕草であるが、三成がいてはできないことだ。吉継の歳の離れた夫は、目の前で吉継が少しでも疲れた様子を見せると、それこそヤレ眠れ休め横になれと、とうとう吉継がその言を聞き入れるまで、うるさくがなりたてるのである。
「ハァ」
 またため息。己はまったくこのようにため息の多い女だったろうか。ため息を吐くと老けるのが早いというが。
 ただでさえ、十も離れた歳の差だのに、余計に歳が離れて見えてはかなわない。
 何も似合いの夫婦よと言われたい訳ではないのだ。隣に立つ夫の所為で、実際の年齢より随分歳のいって見られるのが、癪にさわるのである。
「どうせならば針仕事の腕よりも、その美貌を分けて欲しいものよなァ」
「貴様には必要ないだろう?」
 独り言のつもりが、いらえが返ってきた。それも本来ここにいないはずの声である。
 まさかな、と思いつつ、吉継は開け放たれた障子へと、その奥に広がる中庭へと目を転じた。

 ……今ごろは遠国で交戦中であろうはずの夫の姿が、そこにあった。

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2011/08/15

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