星夜見3

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三吉 / 女体化 / 豊臣軍

※蝶嫁御番外編。

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 幻か、はたまた夢を見やるのか。ぱちぱちと何度かまたたきし、それでも消えない幻に、吉継は思わず己の頬をつねった。
「痛い」
「何の真似だ」
 こちらを見る夫の顔に呆れが浮かんだ。まるでよくできた幻である。それとも。
「……ほんにぬしか」
「貴様はニセの私を見たことがあるのか」
「ないな」
 どうやら夢でも幻でもないらしい。そもそも夢で見るほどに恋しい夫でもあるまいに。
 自分自身にため息を吐いて、吉継はぎろりと三成を見すえた。
「で、ぬしは何故ここにおる」
 戦が終わって帰ったのなら、自分の耳にも入るはずだ。しかし、今日は朝から七夕を祝う為に城の女達がぱたぱたと立ち回るばかりで、戦勝の熱に浮かされたような雰囲気はまったくない。あの軍師がまさか負けるような策を立てるわけはなし。ならばどうして、とまで考えたところで、いまだ夫を庭に立たせているのに気がついた。どういう訳があろうと、帰ってきた夫をいつまでも立たせているわけにもいかない。
「とにかく、座りやれ。今、茶を持たせるゆえ」
 小姓を呼ぼうと腰を上げる。その腰に細い腕が回って再び吉継は板間に座りこんだ。
「……なにをしやる」
「いらん」
 背中に顔をうずめたまま、短く返す夫に向けてため息をつく。体をひねって視線だけを後ろにやれば、うつむく白い頭が見えた。拗ねていやる、とひっそり笑う。まだ大人に甘える子どもなのだ、この夫は。
「ヒヒッ、なら随分冷めたが白湯がある。とにもかくにも上がりやれ、なァ」
 頭を撫でて言い聞かせるようにすれば、素直にこくりとうなずいた。ここで可愛と言えばむくれるから、吉継はすました顔をして三成を部屋へとうながした。今度は止められることもなく、するりと腕が離れていく。
「あぁ……今片付けるゆえ、ちと待ちやれ」
 ちらと室内に目をやって、吉継はため息を吐いた。自分一人と思えばこそ、ついつい不精をして、なにもかもが床に放りぱなしになっていた。やりかけの繕い物、読みかけの書、替えの晒に開いておいた薬箱。
 自室に小姓を入れるのを嫌う吉継であるから、自ら片付けねばいつまでも散らかったままだ。
 親元にいた頃はまだよかったが、嫁いでからはさすがにこれではならぬと己を戒めてきたつもりであった。けれども、夫を戦に送り出すのももう何度目ともなれば、つい気が緩んだようである。まさに、足の踏み場もない。
 心中でもう一度息を吐き、腰を浮かす。伸ばした指の先で、ふっと裁縫箱が宙に浮いた。
「三成、ぬしは座って……」
「私がやる方が早い」
 確かにその通りではある。が、夫に部屋の片付けなどさせては妻の沽券に関わろう。
「ヤメヨ、やめよ。男子のすることでないわ!」
 吉継は声をあげる。が、夫は聞きはしない。陣羽織の尾がちらちらと忙しなく、吉継の前を行き来する。
「小姓の時分は当たり前にやっていた。だから貴様の言うことは違う」
「ぬしはもう小姓ではなかろ」
「武士でも身の回りのことは己でするのが良いと、半兵衛さまも仰っていた」
「……っ、散らかしたのはぬしではなかろうに!」
 思わず荒げた声に、やっと三成が振り返る。
「私と貴様は夫婦だろう。夫婦なら互いに助け合うのは当たり前だ」
 眉を寄せながら当然のように紡がれる言葉に、吉継は目をふせた。
 ああ、本当に、だからこの夫にはかなわない。

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2011/08/12

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