星夜見4

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三吉 / 女体化 / 豊臣軍

※蝶嫁御番外編。

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「……いい加減にぬしも落ち着きやったであろ。なにゆえ太閤に先んじて帰城したか、教えてはくれまいかえ」
 見た目は平生と変わらぬが、実は相当喉が渇いていたのだろう、ぐびぐびと一杯目の白湯を飲み干した三成に二杯目をついでやりながら、吉継は再び話を切り出した。真面目を通り越し、太閤を神とも仏とも崇めている夫だ。まさか戦を放り出して帰ってきたとは思わないが、ならば余計に戦場を離れる意味がわからない。
 三成は注がれた白湯で少し唇を濡らすと、常にない後ろめたそうな様子で、重い口をようやく開いた。
「半兵衛さまに……急ぎの書状を頼まれて……」
 ハテ、と吉継は首をかしげる。なるほど、それならば納得もするが、けれども太閤の次に敬愛する軍師の頼みを、こうも躊躇い言う理由が見当たらない。むしろ頼られたことを喜びいさんで吉継に報告するのが常であるのに、どうしたわけか。さらに次いで漏らされた、「すまない」の言葉に思わず目を丸くする。
「軍師殿の命なら仕方なかろ」
「……しかし、今日は七夕だったのに」
 いまだ幼さの残る顔の、眉間にぎゅっと皺がよる。
「たな、ばた?」
 確かに今宵は七夕である。だが、七夕は女子の祭りであり、三成には関係のない筈では、
「まさか、ぬし」
「半兵衛さまの御用がなければ、貴様との約束を破らねばならないところだった。本当にすまない、吉継」
 たかが戯れ言の延長線でしかない口約束の為に、こうして謝っていると、そう言うのか。

 戦が始まる前のことである。何がきっかけであったか、星の話になった。
「好きか」
 と唐突に三成が言った。その時もやっぱり吉継は、ハテ、と首をかしげた気がする。それからすぐに、あぁ、星か、と気づけるほどには、もうこんな会話にも慣れてしまっていた、気がする。
「好きか嫌いかと言われれば、そうよな、嫌いではないなァ」
「好きか」
 今度は語尾を下げた調子で。頷くように三成が言った。
 この子どもの世界は単純だ。好きか嫌いか、義か不義か、豊臣かそうでないか。
 世を渡るには悪癖という他はない。実際にこの考え方のせいで、三成には敵が多いのである。けれど、彼を可愛がっているはずの太閤にも軍師にも、不思議とそれを正してやる兆しはなかった。無論、吉継は言わずもがなである。
 その愚かさゆえに、吉継は三成の妻でいられるのだ。
「月は」
「月は嫌いよ」

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2011/08/31

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