初春3

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三吉 / 女体化 / 豊臣軍

※蝶嫁御番外編。

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 腰を落ち着ける間もなく太閤の元へと伺候した三成に従って、吉継もまた、太閤の為に誂えられた一室を訪れていた。さすがに自分達に与えられたものに比べれば倍以上は広いと思える室内に、一段高くされた鉤上段の間まで備えてある。
 ――明らかに、城主よりも身分の高い者を迎える為に用意された部屋であった。
 たしかに秀吉は今でこそ従一位、前の太政大臣であり、押すに押されもせぬ天下の主、日ノ本の覇者である。が、今はたとい太閤と呼ばれる身であれども元の身分は民百姓、ゆえに京から離れれば離れるほど、覇王を侮る武士は多い。特に東北、九州はその風潮が強く、奥羽の独眼竜に、薩摩の島津などはその筆頭と言ってよいであろう。彼ら抵抗勢力のいるうちはまだ、天下は平らかになったとは言えず、勿論、太閤とてそれで納得するつもりもないであろうし、何より、あの軍師が自らの覇王の世に一点の瑕疵とて許すとは思えなかった。
 その点、この城の主の身分は正四位、幕府よりは九州探題の役を授かっており、九州地方においては彼より由緒正しい家柄の人物はいないといっても過言ではない。そんな人物から、臣従とは言い過ぎとしても、少なくとも太閤としての身分を認めた扱いを受けて、さぞや軍師も満足であろう。
 年の明けぬうちから幸先のよいことよ、と他人事のように吉継は思う。実際、太閤が天下を取ろうが取れまいが、吉継にはなんの興味も関心もない。ただ、夫があれだけ心酔する主なのであるから、負けるよりは勝つのがよいとは思っている。三成のことだ。それこそ御家滅亡の事態になっても、容易に主家を変えるとも思えない。女からは離縁しにくい世の中だ、畢境、三成と運命を共にするであろう吉継としては、そんな事態にならぬことを祈るばかりである。
「ご両親にはまだ顔を見せに行っていないんだろう?」
「あい。元より訪ねる予定もありませぬゆえ」
 半兵衛に頷く傍ら、その様にとりとめもなくなんの足しにもならぬ戯れ事をたらたらと考える。これがあの車中でのことならば、片手間のいらえに嫌みの一つも飛んでこようが、機嫌のよい半兵衛は吉継がどう答えようが全体興味がないようで、
「まあ、気が向いたら訪ね」
「みなさーん! ザビー教の時間ですよ!」
 突然の乱入者はそう高らかに宣言すると、呆気にとられる面々を満足げに見回して、にこり笑って見せた。

 豊後国王、大友宗麟は齢十を少し過ぎた頃の少年である。天真爛漫といえば聞こえは良いが、生まれてこの方かしずかれる暮らしに慣れている所為もあって、その性質は眼中無人、勝手気儘に傍若無人、やりたい放題が人の形をとって歩き回っているとはとある家臣の談である。数年前からは南蛮渡来の妙な宗教にはまりこみ、周囲にもそれを強要しているが、それでも彼を諌めるものが誰もいないのも、また問題であろう。
「我が君、お待……」
「おや、見かけない顔ですね」
 一見、ただの愚王かと思いきや、それでも、その政治手腕は幼君と甘く見れば思わぬしっぺ返しを受けるほどにえげつない。九州六国という大友家の歴史上、最大の領地を切り従い得たのも先代から引き継いだ旧臣の支えのみならず、その智謀によるところが大きいのだ。故に、家臣等はこの主に一種の畏怖を持って仕える。
「入信希望者ですか?」
 今はただの、新しい玩具に夢中な子供の顔をして笑っている。太閤など、まるで存ぜぬという顔をして。
 後から追ってきたらしい宗茂は、さすがに部屋の中までは踏み込めずに廊下に膝をついている。この男も相も変わらず苦労の多いことよな、と吉継にとってはやはり他人事である。
 立ったまま、ぐるりと辺りを見下して、そうして宗麟の視線が吉継をとらえた。金の睫毛に飾られた青い瞳がぱちり、と瞬く。
「おや、しばらく見ないと思ったら、吉継ではないですか」
「御久しゅうござります、屋形さま」
 太閤や夫よりも先に口を開くことにはなるが、仕方がない。内心溜め息を押し殺しつつ、吉継は頭を下げた。幸か不幸か、この子供は吉継の見目を忌避しない。その所為でやはり、豊後にいる頃は吉継もまた宗麟の我が儘に付き合わされたのであった。館には南蛮の珍しい書物も大いにあって、吉継にとってもけして悪いことばかりではなかったのだが。
「こちらは豊太閤閣下に、その軍師の竹中殿。それから、わが夫、石田治部少輔にござります」
 お見知りおきを、と言って顔を伏せれば、
「お前、そういえば嫁いだのでしたね」
 今更の事をさも驚いたように口にされる。確か、豊後を出る前に一度、暇乞いに上がったはずなのだが。
「これがお前の夫ですか」
 今をときめく太閤、軍師を通り越し、一介の武将の前で膝をついた宗麟は、何を思ったかぐぐぐと顔を寄せてくる。三成は宗麟の凝視にもたじろかず、じっとその目を見つめ返している。年齢は三成の方がいくらか上であろうが、吉継からすればどちらもまだまだ子供に違いない。
「お前、ザビー教に入りなさい」
「断る」
 ほんに、子供はわからぬ生き物である。

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2012/02/13

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