初春4

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三吉 / 女体化 / 豊臣軍

※蝶嫁御番外編。

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 あまりにすげなく断る三成に、大人等が肝を冷やしたのも束の間、ふぅんと気のない返事を漏らしたきり、宗麟は部屋を出ていった。その後を宗茂がこちらにぺこりと一礼をして、ついていく。
 後ろ姿を十分に見送った後、はぁ、と溜め息を漏らしたのは半兵衛だった。
「吉継くん」
「あい」
「念の為に確認しておくけど」
 そういえば、己から名乗りはしなんだか。疑いたくなるのも無理はないと、吉継はこくりと頷いた。
「確かに豊後大友第二十一代当主、大友宗麟殿に相違ございませぬ」
「……だよねえ」
 面倒だなあ、と呟いた半兵衛の顔は、困っているようには見えず、むしろ楽しげでさえあった。
 わが姑殿は、まったく趣味が悪くて困る。

 豊後に着いたのが晦日の朝方、一晩眠れば既に暦は昨日までを昨年としてなんでもない顔をしている。が、吉継は今日も今日とて、車に揺られていた。今年一年、車に揺られるばかりの年でなければよいが。
 相も変わらず静かな車中である。更に今日は昨日まではなかった膝の上の温もりに、眠気もいや増そうというもの。こくりと思わず船をこげば、もぞもぞと膝の温みが身じろぎをした。
「どうした、疲れたのか」
 なにもかもが沈みこむ薄闇の中、金緑の目だけがはっきりと浮かび上がる。けして輝いているわけではないのに、そこにだけ闇は手を伸ばさぬ。人の目ではないな、と吉継は不意に思った。こんなものは猫の目か、それとも蛍の光かなにかであって、けして、人の目ではない。
 白と黒とが反転した己が目も、また他人からすれば人外のものであろうが、それでも三成の目には吉継のもののような不吉な色はまるでなかった。ただただ、美しいものでできているのだ、この子どもは。
「吉継、……下らんことを考えるのは許可しない」
 強めの力で腕を引かれ、金緑の目が眼前に近づく。透けるようでいて、はっきりとした色彩。玉のように美しく、舐めればさぞや甘美であろう、瞳。
「ヒヒッ、サテ、ぬしの考えすぎよ。われは何も考えてはおらぬゆえなァ」
 瞳を見れば、心の底まで見てとれる。ゆえにあの軍師は面妖な面頬までして、己の目から相手の意識を逸らそうとするのである。
 今、三成の瞳には、言葉にはせぬ思い遣りだけがあった。まるで、吉継が見てきた人間共とは、違う瞳だ。両親さえ、その瞳に必ず哀れみを混ぜたというのに。
 人間は嫌いだ。けれど、この子どもは人間ではないのだから――数ヶ月、共に暮らして、吉継もやっとその事実に気づいたのだが――だから、そう嫌う必要もない。

 八幡神は弓矢の神である。そうして、豊前宇佐には日の本四万四千社と言われる八幡社の総代である宇佐八幡がある。武力による天下統一を標榜する豊臣軍一行が初詣に参るには、これ以上ないほど相応しい社であろう。
 が、所詮参拝は名目であり、実際のところ、此度の訪問は近い将来に計画された九州征伐の為の視察であることは、誰の目にも明らかだった。征伐の足掛かりとなるであろう豊後大友も豊臣に対して敵意なし、とわかった以上、軍師などにしてみれば、いるかもわからぬ神に顔を見せる間も惜しいに違いない。現に、行く行かないで今朝ももめていたのである。最終的には、太閤の鶴の一声の前に否やを言える者などいなかったのだが。
 人ならざる武力を持つ太閤も、人ならざる智力を持つ軍師も、吉継からすれば到底神を信ずるような人間には見えない。であるからして、参拝も結局は――三成の言葉を借りれば――示威行動の一種なのであろう。弓矢の神の名を借りて、日の本を平らげる意思を示すという。
 吉継とて、お世辞にも信心深いとはいえぬので、彼らの行動に文句はない。あるとすれば、このような茶番に付き合わされる面倒ぐらいか。神の存在の有無は、吉継にはわからぬ。わかるのは、たった一つ、心から望んだ願いさえ、神は叶えてくれぬということだけだ。
「宇佐は大きな社だな」
 平生、あまり感情が顔に出ない三成が、珍しくわずかに驚いた表情を浮かべている。
「京にも五万と社はあろ。珍しくもあるまいな」
「京の寺社はこれほど大きくはない」
「叡山は大きかろうよ」
「それはそうだが」
「春日も大きさで言えば負けぬのではないかえ」
「春日は京ではない、大和の社だ」
 そこでふと、言葉を止めて、
「そんなことはどうでもいい」
 元の無表情に戻って三成が言った。
「貴様、もう願いは決まったのか」

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2012/03/17

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