さらば君3

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オリ主 / トリップ

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 急に、というべきか、ようやく、というべきか。やっと目の前の乙女の窮状に気づいたらしい自称――訂正。多分、徳川家康、に勧められるまま、お風呂をお借りした私、天野二歩、21世紀で初TDLを遊びたおすはずがよくわからない事態に現在進行形で巻き込まれている花の16歳、大阪府民です。自分で言ってて意味がわからんけど。
 なにはともあれ、お風呂お風呂。いい加減濡れたセーラー服が肌に張り付いて気持ち悪くなってたし……と、いそいそと侍女さんに案内されるまま、後をついていったのだが、
 ……お風呂、入られへんって……。
 そういえばここは慶長5年、戦国時代真っ最中なのだ。多分、徳川家康、の言を信じるならば、だけど。
 戦国時代の主流は蒸し風呂で、お湯に浸かるスタイルのお風呂が庶民にまで広まったのは江戸時代から。ちなみに日本で初めてお湯に浸かれるお風呂があったのは、東大寺らしい。お風呂に入るということは仏教の修行の一つだったそうな。
 とはいえ、大大名クラスになればお湯ばりのお風呂もステータス的に所有していてもおかしくは……って、まぁ、現実問題、持ってるのと使うのとは別のはなしやよ、ね……。
 手間がかかるから、と一刀両断されたお風呂の代わりに、台所でわかしたお湯を木桶一杯分。それから、ぽん、と手拭いを渡されて、ぴしゃりと部屋に閉じ込められました。これが現実。これが戦国。現実とは得てして厳しいもんなんやで!!!
 ある意味泣きそうになりながら一通り体をふいた私は、着替えてください、と渡されていた着物を――一目見た瞬間、あ、これ、無理やな、とさくっと諦めた。いや、どうがんばっても無理だと思う。民族衣装も着られない若者が増えている、昨今の日本文化の衰退をどううれいたところで、着られないものは着られない。見られて減るものでもないし、侍女さんにささっと着付けてもらった。思いっきり不審な顔されたけど、気にしない。知ったかぶりこそが恥である。
 侍女さんが用意してくれた着物はパステルっぽい黄色の留め袖で、帯は橙。そういえばあの多分、徳川家康も、えらいまっ黄っきな服やったな、と思い返しつつ見た侍女さんの着物も、黄色とピンクのグラデーション。……つまり、この城には、黄色以外の着物はないのか。
 なんの意味があるのかはわからないが、黄色しか着られないって、微妙に面倒くさいな、と思った。

 一応、お礼を言うために、案内してもらった部屋にいたのは、多分、徳川家康……だけではなかった。
「Hey! 噂のladyのお出ましだぜ!」
 誰よ、こいつ。

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 本日何度目かわからないドン引きを経験していると、多分、徳が……ああもう面倒くさい! 家康! 家康で!
 その家康が、ひとの体の上から下まで、探るような目線をよこしたかと思うと、次の瞬間にはにかっと爽やかそのものの笑顔を見せた。嫌らしい雰囲気をかけらでも見せたら膝蹴りを食らわしてやるつもりだったが、どうやらそうではないらしい。多分、自分の見知った格好をしていることに対する、安堵だとか、そんなところだ。
 器の小さい男やな、と鼻で笑うのはお風呂の恩があるので止めておいた。
 この男が本当に家康なら、好感度は端からマイナスだ。何をしたところで、好意的解釈なんてものは期待しないで欲しい。
「とりあえず座ったらどうだ? ……あぁ、名前を聞いてもいいか?」
 狸オヤジ、と言われる男だ。腹黒キャラは確定している。……まさか、外面が爽やかイケメンだとは思わなかったが。
「天野二歩。なお、同じ名字やからって、この時代の天野さんとはなんも関係ありませんー、って、あー……ご先祖さま、っていう可能性が……」
 勧められるままに、家康の隣に腰を下ろす。ここもまだい草の香りが爽やかな、畳敷きの広間だった。どんだけ金持ってんねん。
 自己紹介ついでに、注意もあわせて口にすると、家康とその向かいに座るうさんくさい英単語混じりの文章をしゃべる眼帯男、それからその斜め後ろに座っていたヤクザ風の中年男性から、一斉に不審者を見るような視線を寄越された。え、これ、もしかして慣れなあかんの。
「oh...これはどうやらrealだぜ……さっぱり意味がわからねぇ」
「こっちがさっぱりやわ」
 言い返すと、眼帯男はハッと鼻で笑って見せた。眼帯で何かを思い出せそうな気もするが……とりあえずムカつく。っていうか、
「なんで英語」
「Englishは世界標準だぜ」
「それ、エリザベスあたりからちゃうん?」
 うさんくさー。
 とにかく豊臣大好きなもので、戦国時代の知識はそれなりにあるのだが、それ以外の時代になると学校の授業くらいでしか知らなかったりする。だから、英語が今のように世界のあちこちで使われるようになったのがいつを始まりとするのか、正確なところは、実は知らない。
「エリザベス? Who is that?」
「エリザベスはイギリスの女王で生涯独身を貫いたことで知られる女傑やねん。私のよき臣民、すべてが私の夫だ、ってな。それまで世界を二分する勢力はスペインとポルトガルやったんやけど、エリザベスの頃、イギリスがスペインの無敵艦隊を撃破して……ってあぁ、面倒くさい! 私、世界史はあんまり得意とちゃうんよ!」
 というか、なぜここで歴史の授業をしないとだめなのか! 歴史語りは好きな時代だからこそ楽しいのであって、よくわからない時代をいくら語ろうが、知っている以上には出てこない。
「つーかな! 普通、この時代やったら、中国語、ポルトガル語、あとスペイン語あたりと違うん!? なぜ英語! なぜ!」
「それは、お前」
 俺が独眼竜だからさ、you see? って、ちょっと待て。

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 独眼竜、と、いえば、
「伊達政宗? 梵天丸もかくありたい?」
「yes! that's right! ってなんでお前、俺の幼名ま」
「えええええ!!! 渡○謙は!? 松○龍平は!?」
 ショックである。ものすごくショックである!
 目の前のドヤ顔がはかなく崩れさるのも気にならないほど、ショックである。だって、渡辺○は!? 松田○平は!?
 なにがどう間違ったら、あれがこうなるのかまったく理解出来ない。独眼竜マジでどこいった。
 自分では、それほど伊達政宗を好きだという意識はなかった。けど、日本○送協会の陰謀かなにか知らないが、相当、夢を見ていたのは間違いない。じゃなきゃ、さすがの私だって、ほぼ初対面の男の顔をがっしりわしづかみするなんて、できっこないはずなのだ。
「ぐぬぬぬ……とりあえず、イケメンはイケメンやね……っていうか、前髪上げれば?」
「wh...what!? えっ、ちょっ、なっ……」
「あと、その一々英語はさんでくるのん、やめた方がええで。っていうかやめて。マジで」
 夢が一気に壊れるから。
 そんな訳だから、目の前の衝撃的事実――悲しいかな、ここが本当の本当に慶長5年の日本であるとするならば、この目の前の残念なイケメンが、独眼竜・伊達政宗の真実だ、ということになるのである――にうち震えていた私に、いつの間にか首筋にぴたり、と当てられた、刀の冷たさに気づけというのは、無理な話だったろう。
「Hey、小十郎。気にすんじゃねぇ」
「しかし……政宗さ」
「へ?」
 だから、信じたくはないが、伊達政宗、が急に私から視線を外して喋り出すものだから、
「っ、馬鹿! 動くんじゃねぇ!」
 ――思わず、視線の先を確かめようと、首をひねったことも、仕方ない行動だと、思うのだ。
 ばちり、と目が合ったのは、政宗に気をとられてほぼ背景画と化していた筈のヤクザ風中年男性。なぜか顔からは血の気が引き、口元がぴくぴくとひきつって……って、ん?
 この人、さっきまで、政宗の斜め後ろにおれへんかった?
「だ、大丈夫か」
「おっちゃんこそ大丈夫なん? 今にも倒れそうな顔色してんで」
 首を傾げつつ答えると、なぜか喉のあたりにぴりりとした痛みを覚えた。わずかに眉間にしわを寄せてしまったのはそのせいで、別にその筋の人に対しては偏見はないんやで、ほんまに。ますます苦々しい表情になったおっちゃんに、まさかあんちゃんとでも呼んで欲しかったのか、と邪推をめぐらせるが、さすがにそれを正面切ってたずねるのもアレだ。
 っていうか、
「言いたいことあるなら言えばええやん」
 他人の顔じろじろ見て、失礼やんか!

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 念のため:【梵天丸もかくありたい】大河ドラマ「独眼竜」の名台詞。
【渡○謙・松○龍平】大河ドラマ「独眼竜」「天地人」で政宗役を演じていらした役者さん。

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2011/03/08

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