さらば君4

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オリ主 / トリップ

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10

 そう啖呵を切ったとたん、しーんと音がしそうなほど、一気に部屋の中から物音が消えた。え、なに、なんなん? 本当になんなん?!
「アンタ……痛く、ないのか?」
「は?」
 勢いよく頭を回したとたん、ぐらり、と体が傾いだ。さすがに勢いつけすぎたかな、と思ったのもつかの間、凄まじい痛みが首筋を襲う。まるで、火の固まりを、押し付けられたような、熱さ。
 なにこれ!? 痛い、痛い、熱い、痛い!!!
 慌てて首を押さえたのは、はたしてよかったのか悪かったのか。ぬるり、と生暖かい感触に手がすべり、落とした視線にうつったのは……赤?
 説明を求めて上げた瞳に飛び込んできたのは、引きつった顔でこちらを見ている家康、政宗、あと、あのヤクザ風のおっちゃ……あれー、なんか、細長いもん、持ってはるけ、ど。

 って、それ、もしかして刀?

「あ、アホ、ちゃう……!」
 それっきり、ぶつん、と私の意識はとぎれたのだった。

 首から血をどくどくと流しているにも関わらず、罵声を放ってから倒れるとは、まったくもっておかしな女である。crazyとしか、言いようがない。
 失い続けている血のせいか、みるみるうちに青ざめていく小さな体を政宗は言葉もなく見下ろすしか出来なかった。戦場ではこれくらいの怪我人は、珍しくない。政宗はどちらかと言えば、手当てをするよりもされる側の人間であったが、もちろん、やり方を知らないわけではなかった。
 なのに、その時ばかりは、呆然と見ているだけしか出来なかったのだ。
「おいっ! しっかりしろっ!」
 真っ先に動いたのは小十郎で、普段は考えもしない歳の差だとかを、こんなにも強く意識したことはない。懐から取りだした手拭いを使って、小十郎が慣れた手つきで止血を終えるのを見届けてから、やっと政宗と家康は動き出すことができるような案配だった。
「なにを突っ立っておられるのですか、お二方! 早く薬師を呼んでください」
「あ、あぁ」
「おう……」
 しかも、叱りつけられるという形で。
 ちらり、と家康を盗み見れば、こちらもずいぶんcoolじゃない面をさらしていた。家康のしけた顔など政宗にとっては珍しくもなかったが、こんな風に、悩んでいるでも悔やんでいるでもない、純粋に戸惑っているような表情は、確かに、初めて見るものだった。

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11

 二歩とかいう女を薬師へ預けたあと、さすがにこのまま同じ部屋で話すわけにはいかないと部屋を移動した政宗たちは、どう話を切り出すべきか口を開きあぐねていた。
 ぱくり、ぱくり、と泡を吐き出すように何度か唇を開いたり閉じたりしていた政宗だったが、斜め後ろから感じる右目からの圧力に耐えかねて、しぶしぶ声を絞り出す。
「Ah...あのfunnyなchickなんだが……」
「たしか二歩、だったか?」
「そうそう、それだ。二歩。家康、アンタ、あいつをどこで拾ったって?」
 しごく真っ当な問いかけのはずが、鳩がbeans'gunを食らった、とはこういう顔をいうのだろうな、家康はどういうわけか、驚いたような顔をした。まるで、そんなことを聞かれるとは思ってもいなかった、という顔。
「……居室に、落ちてきたんだ」
 今、天下に一番近いと言われる東照権現さまが浮かべる面じゃねぇぜ、と軽口を叩こうとした政宗だったが、家康の返答の真面目さに、あえなくお蔵入りとなった。
 落ちて……きた?
「ok、ok! そうか、間者だったのか。それならそうと最初から言えよ。ったく、わかりにくい説明しやがって」
「政宗様、あの者、間者にしては殺気に疎いように思いましたが」
「……小十郎、ちょっと黙ってろ」
 確かに草の類いにしては、二歩というchickはあまりに無防備で無警戒に見えた。が、それすらも計算である可能性は……ない、か。いくら政宗たちを信用させる為とはいえ、小十郎に完璧に背後をとられるような忍、忍としては失格である。
 ましてや居室に“落ちてきた”となれば、江戸城最奥、それも今日本中で最も警戒の強いだろう城主の居室にまで入り込めるような凄腕の忍のはずである。政宗は先ほどの二歩の姿を思い浮かべた。ありえない。
「All right、状況を整理しようじゃねぇか。家康、アンタは俺に、あのchickと意思の疎通をはかるのに、俺のEnglish skillを貸してくれと言ったな?」
「あぁ、そうだ。言葉は通じるから完全な異国人ではないと思うんだが、あの娘の会話には、独眼竜のようにたまに理解の出来ない単語が混じっていることがあってな」
「Huhn...で、そんな娘をどこで拾ったって?」
「だから、落ちてきたんだ。中から、ぼとっ、と」
 しかもな、と家康は大真面目な顔で声をひそめた。
「あの娘、未来が見えるらしい」

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12

 あー……頭がくらくらする。
 あれ、今って東京に来てるんとちゃうかったけ。修学旅行中に倒れるとか、失態やわ。
 なぜかぼんやりと不調を訴える頭をなんとかする為に、私は無理無理首をふった。そのとたん。
「いーっ……!!!」
 言葉に出来ない痛みに、ごろごろと床を転げ回る。なにこれ!?
「動かれてはいけませぬ。傷口が開きますゆえ」
 静かな声とともに、ぐぐぐ、と額を上から押さえつけられる。この人ドSやな、って感じの容赦の無さ。って、あ! さっきの侍女さんやんか。
「傷口……って、あーっ!! あいつ! あのおっちゃん! あんにゃろめ、覚悟しいや! ピーしてピーするぐらいじゃ収まらん、ピーにピーして、ピーしたる!」
 台詞上、お見苦しい箇所がございました。深くお詫び申し上げます。
 でもな! でもな!? 許されへんちゃうん!?
 切 ら れ た ん や で !
 しかも、首と言えば人体の急所である。女子高生にもわかるぐらいの!
 お嬢さま育ちだったのだろう、過激発言に顔を真っ青にしてた侍女さんに、申し訳ないな、と思いつつ、私は勢いこんでたずねた。それはもちろん、
「あのおっちゃん、今どこにおんの!?」
 か弱い乙女に手を上げた、その事実に泣いて許しを乞わせる為である。

 ビビりまくる侍女さんを半ば脅すようにして道案内させた、その先の襖を、すぱーん! と勢いよく開け放つ。すぱーん、なんてマンガ表現の一種だと思っていたけれど、なるほど、やっぱりいい家のいい建具は音からしてフィクション扱いなんだな。
 開けた視界の先にいるのは、先ほどの男ども三人衆。揃いも揃って、ぽかん、としか形容しがたい間の抜けた表情を浮かべてこちらを見ている。もっとマシな顔は出来ないのか、と思いながら見つめ返していると、ふと家康の視線が、顔から首に、移るのを感じた。
「お前、もう動いて大」
「あんた、なにか弱い乙女に刃物突き付けてくれてんねん、このあほんだら! 嫁入り前の娘の体にこんな大きな傷つけて、どない責任とってくれるん!?」
 別に声が聞こへんかった訳でも、家康が嫌いやからわざと無視した訳でもないねんで。
 先手必勝! 先んずれば人を制す!

 ……つまり、戦はもう始まってるってこと。

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2011/03/26

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