さらば君5

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オリ主 / トリップ

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13

 先鋒、独眼竜・伊達政宗。
「別に首の傷ぐらいで」
「首の傷ぐらいで!? あんた、首やで、首! 私に一生タートルネック着て過ごせっちゅーんか!? 乙女の楽しみを奪う気か!?」
 中堅、東照権現・徳川家康。
「傷跡が残るとは限ら」
「体の傷は消えても、心の傷は消えへんのやで! ましてや刃物といえば包丁かハサミくらいしか馴染みのない少女に刀突き付けて、トラウマなったらどうしてくれるん!? 出るとこ出てもええんやで!」
 大将……えーっと、まだ名前はしらない。
「すまなかっ」
「すまんで済んだら警察はいらんっ!」
 一撃KO。
 慶長5年に警察はいないはずだが、人生、勢いでなんとかならないものはほぼないのだ。激水の疾くして石を漂わすに至るものは勢なり!
 孫子読んでて良かった、マジで。ポケット版だけど。
 とはいえ、こんなのは子どもだましだと自分でもわかっているから、出来る女を目指す私はすかさず次の手を打つのである。
「まぁ、起きてしまったことやし、いつまでもごちゃごちゃ言うても仕方ないわ。おっちゃんも一応、謝ってくれてるしな。ところで、おっちゃんの名前、なんていうん?」
「俺か? 俺は……」
「あぁ、ええわ。当ててみせたる」
 にやり、と笑って、私はぐるりと三人を見渡した。ここがどこだろうと関係ない。大切なのは、いかに自分が重要な人間かを見せつけることである。
 ……二度と、冗談でも刃物突きつけるような気、起こされんようにな。
「あんたら、私が何者か知りたいんやろ?」
 とたん、ぴたり、と六つの瞳が、自分の方を向いたのを感じた。
 今さら緊張なんてしない。女は度胸と根性やろ?
「私はな、今から400年後の人間や。信じられへんかもしらんけどな」
 400年、と呆然としたように呟く家康とは裏腹に、目の前のおっちゃんの姿勢が、鋭さを増す。敵はこいつか。
「なにも手放しで信じて欲しいなんて、言うてへんやないの。そやから、今から、あんたの素性、当ててみせるって言うてるやろ?」
「テメェが間者なら、俺の名前ぐらい、知っていてもおかしくはないだろうよ」
「それはそうやね」
 なら、どうしようか、と笑ってみせると、なぜかおっちゃんは少し、気圧されたように見えた。
「とりあえず、なぁ、チャンスくれてもええんちゃう? それからでも、私を斬るのは遅くないで」
 斬らせるつもりは、ないけどな。

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14

「まず聞きたいんやけど、おっちゃんは伊達家中の人?」
「それは聞かないといけねぇことか?」
 挑戦的に見返された瞳を、はん、と鼻で笑って返す。
「当たり前やんか。400年後に生きてた私が、おっちゃんの顔なんかわかるはずないやん。たとえ肖像画が残っててもな、そんなんまったく当てにならんねんで」
 例えばな、と私は家康に向けて、びしり、と指を突きつけた。家康ネタがやけに多いのは、実は家康好きやからとかとちゃうねんで、ほんまに。誤解せんといてや? ただ単にこいつ、無駄に有名やから、逸話多いねん! そういう大人の事情が複雑に絡み合った結果やねんで!
「武田信玄との戦いである、三方ヶ原の戦い後に家康が自分で描かせたっちゅー、肖像画が残ってんねんけど」
「まさ……か……」
 家康の顔からさっと血の気が引いた。確かにこれは黒歴史やもんな、先謝っとくわ。
 アンチ家康を撤回するつもりはさらさらないが、さすがにこれを本人の目の前で、本人の知り合いに暴露するのは気が引ける。歴史ファン、というよりも人間的な意味で。
 けれど、それしきで口をつぐむような私ではないのである!
「What? どうしたんだよ、家康」
「た、頼む、黙っ」
「家康はな、信玄に負けた惨めな自分を忘れへんために」
「わー! わー!」
「敗走中、馬上で脱糞までした、やつれた自分の姿を描かせたと言われてんねん」
 なあ、ほんま? と笑顔で追い討ちをかければ、疲れたようにぐったりと、畳に手を突く家康の姿があった。時として沈黙は、肯定よりも強く事実を伝えるものである。
「Oh...ま、まぁ、気にすんなよ。いわゆる若気の至りってやつだろ?」
「その若気の至りを忘れへん為に、いっつも近くに置いてあるんやってな? 偉いなあ、いいはなしやなあ。さすがは東照大権現やなあ、そこに痺れる憧れる!」
 ふふふ、と笑えば、とうとう家康は動かなくなった。……こう言っちゃなんやけど、むっちゃちょろいな!
 さて、それでは、慌てず騒がずテンポよく、次のターゲットに参りましょうか。
「で、おっちゃん。あんたは、伊達の家中の人?」
 笑顔は崩さず、私は渋面を浮かべるおっちゃんへと視線を振り向けた。

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15

「……そうだが」
 答えながらも小十郎は、目の前の娘を警戒することを止めなかった。
 400年後? 寝言は寝て言いやがれ。
 普段の小十郎ならば、一刀両断にそう言い返すところである。が、状況が、それをさせてはくれなかった。
 400年は置いておいても、この娘、どうにもおかしい。
 徳川が言うように、未来が見えるにしては曖昧な口の聞き方をする。伊予河野の隠し巫女も未来が見えるという噂だが、直接会ったことのない以上、比較も出来ない。大体において、小十郎は神託なんぞを信じるような質ではなかった。
 しかし、この娘の口ぶりは、まるで神託らしくもない。神託といえばどこかもったいぶったところがあるものだが、二歩の予言はずけずけと、まるで聞いてきたかのようだ。
 そうして未来だけではなく、過去のことまで見通すらしい。先ほどの徳川の慌て様からして、あまり出回っていない類いの事柄だったのだろう。実際、小十郎にとっても、初めて聞く話であったし、そんな話を知っているとなればやはり、どこぞの間者か、とも思う、が。
 ……だが、間者には見えないと、それは小十郎が己で主である政宗に進言したことである。
 己が嘘だと思うことを、どうして主に言えようか。
 だから、小十郎はこの娘を信じるべきなのだ。少々、遺憾ではあるが。
「んー、わかった。そんなら今から3つ質問するから、イエスかノーで答え」
「いえすか、のー?」
「あー……えっと」
「是か否ってことだ」
 政宗が横から口を出し、小十郎はふむと頷いた。主の異国趣味も妙なところで役に立つものである。
「是か否って……まぁ、ええわ。とにかく、その3つのうちに当てられたら私の勝ち、ってことで」
「質問内容は」
「私が決める。答えたくないんやったらパス、ちゃうわ、えっと、別の質問に変えてもええで」
 どうや? と笑顔を浮かべる娘は、そもそも彼女が小十郎のことを知っていた場合は勝負自体が成り立たないことを、知っているのだろうか。知っていようがいまいが、今のところ彼女を信じるほかはないことも。
 もし、本当に未来から来たのならば、斬ることは大きな損失になる。
 小十郎ははぁ、と溜め息を吐いた。
「好きにしろ」

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2011/04/05

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