さらば君6

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オリ主 / トリップ

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16

 かかった!
 思わずにやり、とゆがみそうになるほほを無理やりごまかして、私はなんでもない表情を作った。油断は禁物。勝負はこれからである。
 実のところ、絶対に当てられる、という見込みは端からない。伊達家は専門外なのだ。さすがに有名所は知っているが、マイナーなところになると完全にお手上げ。しかも、メジャー中のメジャーであるはずの徳川家康でさえ……ああなので、ある。
 無駄に難易度高いな! けど、負けるつもりはない。
 ……っていうか、思わせ振りなこと言ってごめん、実はもうだいたいわかってんねん。
 背中に描かれた半月に、胸元に見える九曜紋。この二つから導き出せる伊達家中の人物と言えば――片倉小十郎景綱、か。
 わりとメジャーな人物でよかったと喜ぶべきか、伊達政宗の軍師で、武の伊達成実と共に、知の片倉小十郎と呼ばれた男。この男から始まる仙台藩片倉氏は、伊達家中一の忠臣と言われ、その後、小十郎という呼び名は代々片倉家当主に受け継がれることになる。ちなみに現片倉家当主は青葉神社の神主さんらしいで。
 とまぁ、デキレースの感はいなめないが、せっかくの機会、生かさない手はない。警戒心もあらわに、こんな小娘の一挙手一投足に注目する。
 その警戒心の強さこそが、あんたの敗因やよ。
「おっちゃんは先代、輝宗から、伊達家に仕えてる人やろ」
 あえて断定口調で言ってやれば、険のある視線がますます鋭い。視線に殺傷能力があったら、もう間違いなく死んでるな、ってくらい。
「……是」
 渋々肯定の言葉を口にした小十郎に、私は表情を変えずたたみかける。
「人取橋の戦いや、摺上原の戦いにも出てはる」
「是」
「人取橋では、政宗の身代わりを買って出たんやっけ?」
 にやり、と人の悪そうな笑みを浮かべたとたん、鯉口を切るカチッという硬い音がした。気の短い男はモテへんで、なぁ?
「答えてくれへんの?」
「テメェ……もうわかってるんだろうが」
「是、ってことで、ええんやな?」
 私だっていつまでも、下手な芝居を続ける気はさらさらない。にっこり笑ってわざとらしく、あぁ、わかった、と言ってやる。
「あんた、片倉小十郎景綱やろ? 私な、前から気になってたんやけど、あんたが政宗の右目を抉り出したって、ほんま?」
 にこやかに聞いてやれば、今度こそ小十郎は絶句した。

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17

 幼少期、天然痘をわずらった政宗は右目を失明し、その為に後に独眼竜と呼ばれるようになった。……と、いうのは有名なはなし。
 けど、問題の右目がどうなってるかっていうんは、意外と知られてへんみたいやね。
 私もよくは知らないのだが、天然痘というのは高熱の他に、皮膚に豆粒大の水ぶくれ? のようなものができるらしい。で、なぜにそれでそうなるのかは医学に詳しいわけでもなんでもないから、まったくわからへんねんけれども、政宗の場合、天然痘の後遺症で右目が少し、飛び出していたそうな。
 そんな見た目の所為で――てっきり天然痘の痕のことだと思っていたけれど、目の前の政宗の顔を見る限り、男の癖に肌つるつるしやがってぶっちゃけ憎らしいレベルだった――、母親にもうとまれ、引きこもりがちなネガティブ少年だったのだが、これを解決したのが、片倉小十郎、らしい。
 政宗が己の右目をコンプレックスと感じているならば、と小刀で……えぐり出したらしいで……右目……。
 ま、まぁ、それを機にはっちゃけた性格になったのだから、いい話と言えなくもないのだが、ぶっちゃけわりとスパルタである。ちなみにこれは一説であり、政宗が自分でえぐり出したとか、政宗に命じられて小十郎がえぐり出したとか……結局えぐり出すんかい!
「お、俺の右目は、kidの時に木から落ちて、そん時に枝に刺さって抜けたんだよ。もったいねぇから、その場で食っちまったけどな! な、なぁ、小十郎?」
「そ、そうでしたな、政宗さま!」
「それマジで常套句やったんや……」
 うわぁ、と声がもれ、ついつい顔が引きつった。根暗時代は黒歴史ってか。誤魔化すための文句まで、本で読んだ通りでなんだか嫌になる。いや、ほんまは喜ばなあかんねんけど。
「つまり、小十郎がえぐり出した、って話が正解やったんやね。まぁ、さすがに自分ではやれんわなー」
「Ha!? なっ、あっ、じ、実は俺が自分でえぐり出したんだよ、戦場では弱みにな」
「無理せんで、ええんよ?」
 ふふふ、と聖母のごとく慈悲深げに笑ってみせた私の顔を見て、なぜか政宗が恐ろしいものでも見るような顔をしていたのは、多分、気のせいだろう。

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18

「……テメェの言い分を認めてやる」
 超不本意! といった声音でそう告げたのは、なにを隠そう小十郎である。舌打ちでもしたそうに見えるのは、やっぱり気のせいにちがいない。ふふふふふ。
「政宗さまの右目のはなしは、伊達家中でも、限られた奴等しか知らねぇはずだ。昨日今日、探ったところで、容易に知れるはなしじゃねぇ」
「まぁ、わりとマイナーな話やもんねぇ」
「まい……?」
「あ、ごめん。続けて続けて」
 ちなみに大河では、右目、干からびて落ちてなかったっけ。そんで母親がそれを食べてた……ような……。
「それで、テメェはなにを望む」
「昔の大河って、わりとエグい……って、へ?」
 今、なんて、おっしゃいましたん? 
「400年後から来たということを認めさせて、テメェは、一体、なにをしたいんだ?」
 それはもー、苦々しく言い捨ててくださいました。本当にこの人、私のこと、信じてくれたんだろうか……っと、今は気にしない気にしない、っていうかな。
 ……次になんて言うか、考えるん忘れてたわ。
 めっちゃヤバい。いや、あの、やりたいことはある。あるんだけど、わりと言葉を選ぶというか、選ばないとせっかく助かった命が消えるというか。
「まぁまぁ、話が本当なら、まずはどうやって未来から今にやって来たのか、聞いてみるというのはどうだ? 二歩も、いきなり何がしたい、よりはそちらの方が話しやすいだろう?」
 言葉につまった私に助け船を出してくれたのは、誰であろう家康だった。
 家康、ナイスフォロー! ……な、なんて別に思ってないんやからね!!
 と、いけない、また現実逃避してしまった。とりあえず振られたネタでここはつないでおくことにする。
「私はな、高校の修学旅行で東京に行ってたんやけど」
「wait! こうこうのしゅうがくりょこうでとうきょう、ってのはなんなんだ? placeか?」
 気をとりなおして話し始めた私だったが、胡散臭いイングリッシュによってそうそうに話の腰を折られた。っていうか、もしかして教育制度から説明しなきゃだめなのかーっ!
「……あー、えっと、400年後の日本にはやね、小学校から中学校までの合計9年通うことを義務づけされた教育機関と、さらにその上に……」
 この説明だけで、一時間は楽勝でした。なんやろな、これ。

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2011/04/24

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