さらば君8

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オリ主 / トリップ

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22

 家康の顔を改めて見る。一時間やそこらで顔が変わっている筈もなく、相変わらずの爽やかイケメン面を晒している。
 私の知っている、どんな肖像画とも、銅像とも、違う顔。
 ――この男を、信じてみようか。
 顔が違うなら性格も違う、なんてあまりにもご都合主義で笑ってしまう。けど、歴史はイコール真実ではない、ということぐらいは私だって知っているのだ。
 歴史は人の伝聞で出来ている。
 日本について初めて書かれた書物は中国の魏志倭人伝――邪馬台国で有名なやつな、だけど、日本でも古墳時代にはすでに文字文化があったことが、銘文を刻まれた鉄剣からわかっている。あれは漢文だけれど、とにもかくにも、日本人はその頃から、自分たちに起きた物事を文字で残すことが出来るようになったのだ。
 ただ、書かれている事柄が、まったくの真実ばかりだとは限らない。成立年代や執筆者の思想、パトロンは誰か、当時の権力者の思惑や単なる勘違いなどが絡み合い、同じ事象・人物について書かれていても、全く違う風に書かれていたりするのだ。
 もちろん、それには、受け取り側の思想も影響する。
 同じ資料を読んでも、家康嫌いの私と家康好きの研究家とでは解釈がまったく違ってくるだろうし、私だって、徳川家康が嫌いだ、とは言うけれども、悪人だ、と言うつもりはない。どんな人間も確かにその一瞬を生きていて、その生き方には良いも悪いもないことぐらい、わかってるから。
 正義も悪も、長い人間の歴史の中ではひどく頼りない概念だというぐらいは、わかってるから。
 秀吉亡き後、家康が天下をとったのは、ある意味、世間がそれを望んでいたから、とも言えるしな。
 もちろん! 私はそんなこと知らんけどな!
 あからさまにため息をつき、ぎろりと家康を睨み付ける。しぶしぶ、といった雰囲気を前面に押し出しているのは、つまり戦略というやつである。
「いいわ、助けたる」
 ぱっと家康の顔が明らかに明るくなった。わかりやすいのか、これも狸の腹芸のうちなのか。
「ただし! その代わりと言ってはなんやけど、私の要求は全部飲んでもらうで!」
 まあ、向こうがその気なら、私はその上を行くだけのはなしなんやけどね?

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23

「hey! 話が違うぜ、家康」
 すんなり決まりかけていた話に待ったをかけたのは、それまで興味のないスタンスを貫いていたはずの政宗だった。
「俺はアイツにrevengeする為にお前と組んでるんだぜ、you see?」
 ずい、と身を乗り出す政宗に、家康がとたんに困った顔をする。私の知っている歴史では、政宗が東軍についた理由は、家康が政宗に対して約束した、いわゆる“百万石のお墨付き”が原因だった筈なのだが、どうやらそんな話ではないらしい。ちなみに百万石のお墨付きっていうのは、今の領地にプラスして百万石大名にしてやるよ!っていうわりと詐欺っぽい約束のことね。
 けど、リベンジ、って、言うてたな?
「しかし、独眼竜……」
「俺とお前とは対等って条件だったろ。俺になんの相談もなしに、こいつの処遇を決めるのは同盟違反だぜ」
「二歩と同盟とは関係ないだろう」
 とたん、ハッと政宗が鼻で笑った。
「戦を止めるつもりなんだろ? 関係あるじゃねぇか」
「それは」
 このまま押し切られそうな雰囲気に、私は思わず口をはさんだ。せっかく良い流れになっていたのに、何してくれてんだ。
「私が“石田三成を説得できる”と思ってるからなん?」
 にやり、と挑戦的に笑えば、政宗は渋面を浮かべる。そーか、そーか、その反応は、やっぱり“へいくわいもの”なんね?
 横柄者(へいくわいもの)と呼ばれていた三成の、横柄さを表すエピソードは数多い。官僚としては優秀っぽいんやけどな。関ヶ原で東軍についた武将には、三成に対する悪感情も少なからず影響があったと思うし。
「逆に聞くが、テメェが西軍につくことはないんだな?」
「はぁ?」
 苦々しく言い出した政宗の言を、今度は私が鼻で笑う。西軍? 東軍? 馬鹿馬鹿しい! 関ヶ原の戦いが天下分け目の決戦だなんて、勘違いもいいところだ。関ヶ原での両軍の総大将は毛利輝元と徳川家康であり、旧勢力対新勢力といった構図でさえない。もっとも、輝元は大阪城に引っ込んでたから、現地にさえいなかったんだけど。
 実際に関ヶ原で戦った中で、輝元に代わり西軍の総大将となれるのは宇喜多秀家ぐらいのものか。三成? 確かに関ヶ原のきっかけを作ったのは三成かもしれんけど、佐和山19万石程度の小身では総大将なんてとてもとても!
「私、三成好きちゃうもん。余計な心配やで」
 ただ、豊臣家の存続の為には、西軍に勝ってもらわなあかんよ、ねえ?

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24

 再び黙った政宗から視線を逸らし、私は家康に向き直る。西軍に入り込む為に、この男を利用しない手はない。

 ――最初っからそのつもりだったのか、って聞かれたら、答えは応。だってこんなチャンス、二度とはないで?

 既に終わったことをなぞるしか出来ない“歴史”というものを、自分が、変えてしまえる、なんて。
 まぁ、もう一度同じような会話をする面倒をふみたくないっていうのも理由の一つ。毎回毎回、私は400年後の未来から来たんですよ、っていうのもなんや、阿呆らしいしな。
「しかし、説得するにしてもなんにしても、まずは会われへんことには意味ないで。そこらへん、考えてあるん?」
「ああ、それなら使者として……」
「却下」
 使者って! めっちゃ徳川側ですって感じやん! 目も合わせてもらわれへん予感大! つーか、自分で言うんもなんやけど、こんな小娘が使者ゆうて来たら、私やったら馬鹿にされたと思うこと、間違いない。……せめて、その場で切られるのは勘弁して欲しいんやけど。
「えっ、では……うーん、しかし、なあ……」
「じゃあ、どうにかして、大谷吉継に渡りつけることはでけへんかな?」
「刑部に?」
 言って、何故か家康は、困ったような戸惑ったような顔をした。え、何、この反応。
 慌てて政宗を見れば、こちらも似たような反応。斜め後ろの小十郎も……本当に、何なん?
「あー……本当に、刑部で良いのか?」
「刑部少輔やから刑部? まあ、とにかくその刑部には会えるんかっちゅーだけでも、答えてくれへん?」
「それは……まあ、会おうと思えば会えるだろう、な?」

「……俺に聞かれても困るぜ」
 だからなんなん! その微妙な反応は!?

 ……結論から言う。大谷刑部こと大谷吉継には、その三日後、無事会うことが出来た。出来たんやけど、な……。
「想像と……違う!」
「ヒヒッ、歴史というものはまっこと信用ならぬなァ。カワイソウに」
「ほんまやで!」
 カワイソウ! 私、マジカワイソウ! なにこれ、だれこれ、どうしたんこれ!?
 想像と違うにも程がある! 大谷吉継なんて、いくら美化しても美化したりないぐらいの悲劇の義将やろ? マジイケメンやろ?
 それが、
「サァテ、ぬしの悪巧みを聞かせてもらおうかえ?」
 ニタリ笑いがよく似合う、アンチヒーローってどういうことなん?!

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2011/05/14

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