祟り神と狐2

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三吉三 / 家 / 人外パロ / 転生

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 ざわざわと、不気味な物音が夜の空気を伝わってせまい境内の中をわたっていく。木々の葉が風でこすれる音だろうか、と冷静な部分では思うけれど、心の中の弱い部分はその背後にいるだろう幽霊や妖怪の姿を想像して、家康はぶるり、と身をちぢこまらせた。
 すぐにも引き返したがる足を叱咤して、指の先さえも見えない闇の中を、手探り手探り歩いていく。目指すは斜め向かいにぼうっと見える常夜灯だ。街灯も、月の光さえも、なにかにさえぎられたようにこの境内には届かない。ただ白い光を放つ常夜灯だけが、存在する明かりのすべてだった。
 常夜灯に灯る明かりは、今にも吹き消えそうに儚く、冷たげに、まるで死人の顔色のように青ざめて見える。
 ――家康は、死人の顔など、見たことはない。
 それはきっと、テレビや映画などで得た知識のはずであり、だから、あの灯りを見ていたからといって、何かを思い出せそうだなどと思うのは……勘違い、なのだ。思い出すのを恐ろしいと思うのもまた、杞憂にすぎない。
 それでも家康は一度、ぎゅっと強く目をつむった。
 そうして再び開けた時――明かりが、消えている。
 驚きの声をあげる間もなく、なにかに胸をどん! と突き飛ばされて、家康は後ろへ転がり倒れた。石の参道へまともにぶつけた後頭部が、がつん、といやな音を立てる。思わず歯の間から、うぅ、とうめき声をもらした家康だったが、次の瞬間、ぐっ、と胸を再び押さえつけられて、恐怖に体を強ばらせた。
 鼻先へ吹きかかる生ぬるい風。ハアハアと荒い息の音。胸が上下するたび、押し付けられた箇所がチクチクと痛むのは――獣が、いる。
 大きさから考えて、野良犬だろうか。家康は犬を飼ったことはないが、鋭い牙と爪を想像するのはたやすかった。自分は犬に食われるのだろうか。
 なぜ、こんな真夜中に街を歩き回ろうと思ったのか。なぜ、こんな神社に興味を持ったのか。なぜ、なぜ、なぜ。

「ヤレ、三成。客人か」

 闇の奥から、男か女かもわからぬひび割れた声がぞろりと響いたかと思うやいなや、胸の上に陣どっていた重みはさっと消えてなくなってしまった。

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2011/02/19

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