祟り神と狐5

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三吉三 / 家 / 人外パロ / 転生

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「ぎょうぶとはあの奥にいた者のことか? あいつは一体、何者なんだ?」
「刑部は」
 と、そこで急に三成は口をつぐんだ。獣の耳が、ぴくぴくと苛立ったように動いている。
 一体何が三成の気にさわったのか、家康にはわからなくて黙っていると、耐えきれなくなったのか、わっと三成がどなりだした。
「私は貴様の名前を聞いているんだ! 名も知らぬ奴に、刑部のことを易々と話せるか!」
 だいたい貴様は嫌な臭いがする、と続けた三成に、家康はえっ、とすっとんきょうな声をあげた。
「毎日風呂に入っているんだが……」
「その臭いじゃない。貴様、人に恨まれることをしただろう。それも最近じゃないな。かなり昔のことだ」
「むかし」
 三成のいう昔が、いつの頃を指しているのか、家康にはわからない。しかしそれは三年や五年と言った話をしているのではないことだけはわかった。奇妙な男の透けるような琥珀色の瞳は、ここにいる家康というちっぽけな子どもを通り越して、もっと別の何かを見ているように思える。
「ワシの名前は徳川家康だ」
「とくがわ、いえやす」
 繰り返す三成の口調は、なぜか不自然なくらいたどたどしかった。いえやす、いえやす、といくどか呼んでは首を傾げる仕草は、立派な形にはあまりにもかわいすぎるようだったが、けれど、そうする三成の表情が、まるで道に迷った子どものようだったから、家康はなにも言わずにおいた。
「おかしな名前だ」
「みつなりもおかしな名前だろう」
「私は人ではないからな。きっとそれでだろう」
 わかっていたことだったが、家康は思わずごくりと唾を飲んだ。それが面白かったのか、三成がふふん、と鼻を鳴らす。
「刑部もそうだ。私は刑部の狐だからな」
「キツネ」
 神社、キツネ、とくれば。
「なら、ぎょうぶとは稲荷神のことなのか?」
 家康にとって、神さまとは正しくて優しいよくわからないもの、というぼんやりとしたイメージでしかない。それと刑部なる声とでは、間に大きな隔たりがあったが、目の前にいる獣の耳と尻尾を生やした男の本性が狐であるとするならば、あの声が神であっても、ちっともおかしくはない気がした。
 しかし三成は首を横に振る。
「稲荷神などではない。刑部は辻神だ」

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2011/02/26

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