わるいこは 二日目

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ホラー
※友人とのプロット交換作品です

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「止みませんね」
 明くる日、同じように洗濯ものを抱えて入側を通りかかった堀川が、気の毒そうに声をかけてきた。
「止まない、ねぇ」
 これには審神者ももはや笑うしかない。
「昔とは違って、うまく行くと思ったんだがなぁ。審神者パワーでこう、ばばーん、と」
「審神者ぱわー、ですか」
「刀を人間にできるくらいだから、本丸の天候も気合いで操れるかと」
「……さすがに、それは」
 不意に堀川が口をつぐむ。スゥと先ほど己が来た方向を振り返るのに、審神者もつられてそちらへと視線をやる。それからすぐに、タタタッ、と軽い足音がして、慌てた様子の五虎退が現れた。長兄からは室内は走らないようにときつく言いつけられているのだが、それさえ忘れているのか、障子の影からパッと飛び出したかと思うと、やにわにガラス戸の留め具に手を伸ばした。パチンッ、といきおいよく留め具が跳ね上がる音がしたかと思うと、もう五虎退の小さな体は土砂降りの庭の中にある。
「へっ?」
 審神者が慌てて腰を上げた時には、堀川はすでに洗濯籠を脇に置き、その両手にいつの間に捕まえたのか、仔虎を四匹抱えていた。仔虎たちは捕まったことが不服のようで、みゃあみゃあと鳴きながら、ぐねぐねと体を揺すっているが、どうしても堀川の腕からは抜け出せない。うまいもんだな、と審神者は妙に感心した。
「堀川さん! す、すみません……!」
「いえ、気にしないでください」
 しの突く雨の中、五虎退が振り返って叫ぶ。あれほど急いで出ていったのに、ガラス戸はしっかり後ろ手で閉めていったのか、わずか五センチほどの隙間しか開いていなかった。それでも室内にまで響くような、砂嵐にも似たザーッという雨音のせいで、会話は自然と叫ぶようになる。
「五虎退! 何してるんだ、風邪ひくよ!」
「あるじさま、大丈夫で……あっ」
 ヘニャリと笑う五虎退の足元を小さな影がさっとよぎった。バシャバシャと泥水を跳ね上げながら、影は瞬く間に灌木の中へと走り去って行く。
「虎くん!」
 影を追って、五虎退が駆け出す。茶色の塊にしか見えなかった小柄な影は、言われてみれば、彼がいつも連れている仔虎の一匹に違いない。審神者と堀川は顔を見合わせて、それからぷはッと吹き出した。
「じゃあ、僕は仔虎を粟田口の部屋に送ってきますね。この子たちまで逃げたら、大変ですから」
「よろしく頼むよ。……あぁ、籠に入ってるタオル、一枚もらってもいいかな。五虎退が戻ってきたらふいてあげないと」
「はい、大丈夫です。すべて洗濯済みですから、どれでも好きなものを使ってください」
 そう言い置いて歩き出した堀川が、数歩も行かないうちに、あ、と小さく声を上げる。
「どうした?」
「なんでしたっけ……マルマルボーズ?」
「うわぁ、惜しい。てるてる、だよ。てるてる坊主」
 どうかしたの、と腰を上げる審神者に、あれなんですけど、と堀川が視線だけで外を示す。半纏の前をかき合わせながら、審神者が入側から庭をのぞくと、戸のすぐ下、沓脱石の上に、白い布のようなものがべったりと落ちている。雨に打たれ、既に溶け始めているそれは、まさしく審神者が昨日、堀川の前で作ってみせたてるてる坊主だった。
「あー……、さっきので落ちたのかな」
「せっかく主さんに作ってもらいましたけど、残念ですね。……このまま放っておくのもかわいそうですし、後で僕が片付けておきますよ」
「いいよいいよ、これくらい俺がやっておくから」
 ひらひらと手を振って、審神者はなんでもないようにへらりと笑った。堀川は脇差という刀種ゆえか本丸の刀たちのうちでもかなり気の回る質の刀である。今も自分がわずかに落胆したのを見抜いて気をつかったのだろうと、審神者はことさら明るい声を出した。
「いやぁ、審神者っていっても、やっぱり万能じゃないんだな! うまく天気になったら、今度は雪でも降らせてみようかと思ってたんだけどね」
「雨の次は雪ですか、勘弁してください」
 そう言って堀川が笑ったのを見て、審神者も笑みを深くした。
 粟田口の兄弟が使う大部屋に堀川を送り出してからほどなくして、五虎退も泥だらけの仔虎を抱えて戻ってきた。急いでいたとはいえ、なんの雨対策もせずに豪雨の中へと飛び出していったことには小言のひとつやふたつも言っておきたいと、審神者は五虎退の小さな頭をタオルケットでゴシゴシふいてやりながら、もし今後も同じことがあればせめてレインコートなりなんなりを着ていくことを約束させた。その代わり、一期一振には審神者からは何も告げないことを約束したが、これはもしかしたら堀川が既に伝えている可能性もあるので、あまり意味はないのかもしれない。一期にひどく叱られるようなことがあれば、その時は口添えしてやろうと審神者は思った。
「あるじさま、雨、いつになったら止むんでしょうか」
 仔虎をきゅっと抱えながら、ポソポソとしゃべる五虎退に、いつだろうねぇ、と審神者は返す。ぬれネズミになって帰って来た五虎退の足元には、べっちゃりと水たまりができていた。それを見ながら、去年のこの時期はどうだったろうか、と審神者は記憶の糸を手繰る。しかし、まるで頭の中でも雨が降っているかのように、ようとして思い出せなかった。

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2022/05/30

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