消えたdaydream

廃病院の戦いその1


 目を覚ましたディックが見たのは、薄汚い白い天井だった。ボロボロのソファに寝かされており、拘束はされていない。刺されたはずの傷はすっかり治っていた。
 立ち上がって窓まで歩いて行く。どうやらゴッサムのミッドタウンのようだ。立地条件に心当たりがある。

「元サントクィド病院か……」

 部屋に見張りは誰もいない。ドアを開けて周囲を見回してみたが、廊下にも誰もいなかった。古ぼけた廊下を駆け抜け、曲がり角で壁に背中をつける。進行方向に人の有無を確認し、走り出そうとした瞬間背後から声がした。

「どこに行くの?」

 可愛らしい声だ。足首まである金髪の少女。サイキッカーのセシリア。彼女の髪やスカートは風もないのに靡いていて、全身が青い光に覆われていた。
 彼女は忌々しげな表情を作り、吐き捨てる。

「なんで目が覚めてるのかしら……まあいいわ」

 少女がディックに向かって手を伸ばした。駒鳥が咄嗟に地面を蹴り距離を取る。
 セシリアが不敵に笑った。

「逃がさないわよ、ロビン。まだお仕置きがたりないみたいね?」

 少年がベルトのポーチからバッタランを取り出す。サイキッカーに対して距離を取っても無駄だ。能力で動きを封じられる前に攻撃あるのみ。

「僕は女の子にモテるほうだけど、こんなに熱烈なのは初めてだ」

「あら、情熱的な女は嫌い?」

 少女が可愛らしく小首を傾げた。金髪が揺れる。ディックの投げたバッタランは彼女の能力がはじいた。その隙にグラップネルガンを取り出す。

「まさか。大歓迎だよ」

 遙か後方の手すりに狙いを定めて引き金をひく。アンカーが金属に引っかかったのを確認してワイヤーを巻いた。
 身体が浮いて引っ張られる。
 セシリアから勢いよく離れていきながら少年が叫んだ。

「ただ、性格の悪い金髪女はお断りだけどね!」

 少女の顔が怒りに歪む。背負っていた鞘から独りでに刀が飛び出して宙に浮いた。
 切っ先が駒鳥に向けられる。

「逃がさないわよ、ロビン! 泣いて謝るまで痛めつけてあげるわ!!」

 刀がひとりでにディックを追ってきた。追いつかれるのは時間の問題だろう。即座に判断した駒鳥が手すりに足をつけ、目の前にある窓ガラスを蹴破った。外に飛び出した後、すぐグラップネルガンを使って下の階に逃げる。
 窓に向き直ってバッタランを構えた。
 彼の予測通り、すぐさま刀がまったく同じルートを通って迫ってくる。手裏剣を投げつけ軌道を逸らすと、刃物が壁に突き刺さった。
 おそらくまたすぐ襲ってくるだろう。
 タイムラグを利用して廊下に飛び出しドアをしめる。すると頬の真横から刀の切っ先が飛び出してきた。
 まるでスリラーだ。
 目の前にはいつのまにかセシリアがいる。足元が5センチほど浮いていた。なるほど空も飛べるらしい。

「逃げられないわよ、ロビン?」

 彼女の言葉を聞いてディックが笑みを浮かべる。挑発的な笑みだ。

「情熱的なのは嫌いじゃないけど、ストーカーまでいくと許容範囲外だな。性格悪いならなおさらだ」

「よくまわる口だこと」

 刀がドアを突き破って飛んできた。刃物の攻撃を前方宙返りで避けたロビンは、廃墟に置き去りにされていたソファを蹴り上げ追ってきた刀の追撃を防ぐ。
 物陰に隠れたままスモークペレットを投げつけ目くらましを仕掛けた。
 煙に巻かれた人影にむかいグラップネルガンを撃ち込み、攻撃を試みる。

「逃げられないって言ってるでしょう!」

 少女の声が鼓膜をつんざく。煙もワイヤーも敵のサイコキネシスですぐに打ち払われてしまった。
 壁や扉がメキメキと音を立てて変形していく。
 ひしゃげて宙に浮いた鉄や木の塊が刀と一緒にディックを襲ってきた。
 駒鳥が右後方に飛んだ。彼めがけて突進してきた壁の塊が床に大穴を開ける。
 ディックを押しつぶすように落ちてきた扉を蹴り飛ばして刀にぶつけた。
 追撃がくる前に後方宙返りでさらにセシリアとの距離をとる。
 金髪の少女は盛大に舌打ちをして顔を歪めた。

「無駄な足掻きはやめてちょうだい! 頭が痛くなってきたわ……!」

「本当だ、顔色が悪いね! 休んだ方が良いよ!」

 セシリアが頭を押さえる。額に手を押しつけうなり声を出した。首筋に冷や汗が滲んでいる。

「バカなことを言わないで! これ以上抵抗するなら殺すわよ!」

 ディックの背中が壁にぶつかった。
 狙い澄ましたように刀が飛んでくる。
 咄嗟に身を翻して攻撃を避ける。
 甲高い金属音がして、刃がむき出しの配管に突きささった。
 妙な匂いが駒鳥の鼻をつく。

「この臭い……配管にガスが残ってたのか、勘弁してほしいよ!」

 最悪の展開だ。ディックがその場を飛び退く。
 刀は配管から自力で脱出し、壁を傷つけながら駒鳥に迫った。
 金属同士のぶつかり合いが火花を発生させる。
 ディックの額に冷や汗が浮かんだ。
 ガスが漏れ出している中に火花。
 マズイと思った時には手遅れだった。
 周囲が炎に包まれ、当然ディックも巻き込まれる。
 衝撃と熱が少年の全身を貫いた。
 少し離れた場所に立っていたセシリアにも炎が迫る。彼女の全身を青い光が覆い、少女の周囲を避けるように炎がかき消えた。
 金髪がたなびき、赤い火の粉が宙を舞う。スカートを揺らめかせてセシリアが首を傾げた。
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