消えたdaydream

廃病院の戦いその2


「やだ、もしかしてロビン、燃えちゃった?」

 少女が手をかざすと、廊下の端まで炎がかき消える。まるで葦の海の奇跡だ。炎が王者に触れ伏すかのごとく壁に寄り添い大人しくなった。オレンジのライトにセシリアの頬が照らされる。視界に駒鳥の残骸も死体もないことを確認し、彼女は首を傾げた。

「やだ、もしかしてロビン、燃えちゃった?」

 ゆっくりと廊下を歩いて行くと、マントの切れ端が落ちていた。燃えかすになった布を軽く蹴飛ばし息をつく。

「抵抗しなきゃ死ななくてすんだのに! せっかく可愛がってあげようと思ったのにバカね」

 壁に寄り添った炎が揺れる。火の粉がマントの上に舞い上がりセシリアの肌をちりちりと焼いた。
 背後でまた炎が踊る。
 頭上に影ができたので不思議に思い振り返った。
 マントを脱ぎ捨てた駒鳥が、炎を突き破って飛び出してくる。
 よく通る声が空気を震わせた。

「男ってのはみんなバカなもんだよ、女の子に比べたらね」

 能力を発動しなければセシリアは普通の少女だ。
 疲弊していることもあって対応の遅れた彼女はロビンの蹴りを腹に思い切り受けることになってしまった。

「きゃあっ!!」

 悲鳴をあげて少女が床に転がる。膝をすりむいて血が出た。上半身を起こして、悠々と着地した少年を睨み付ける。

「痛い痛い! 痛いじゃないの! なにするの! 服が汚れたし血が出たわ!」

「僕は火傷もして切り傷も作ったんだから、許してもらいたいところだけどね」

 セシリアの顔が怒りに歪んだ。額に脂汗が浮き出ている。肌は白いを通り越して青白くなり、血の気が引いているようだ。勢いよく立ち上がった彼女は全身を青く光らせロビンを睨んだ。

「あぁあああ頭が痛い! 腹が立つ腹が立つ腹が立つ! なんなの! なんで抵抗するのよ! オモチャのくせに! ナマイキなのよ! なんの力もないクズのくせに!」

 これが彼女の本音だろう。自分には特別な能力があるから、他の人間をすべて見下しても良いと思っている。
 ロビンをやっているとそういう思考回路をした犯罪者にも遭遇した。
 その誰も、普通の人間であるディックやブルースに敵わなかったのだが。

「死ねクズ!!」

 セリシアは可愛らしい声をかなぐり捨て、怒り狂った雄叫びを発した。呼応するように周囲の炎が動く。生き物のように一斉にディックに襲いかかってきた。
 ディックはベルトのポーチからテーザー銃を取り出す。
 バックステップで襲いかかる炎から距離を取り、取り乱す少女に銃口を向けた。
 彼の持つテーザー銃は引き金をひくとワイヤーのついた電極が飛び出すようになっている。市場に出回っているものより強力な電気が流れる代物で、射程距離も長かった。
 この距離なら外さない。
 もう一度自分に炎が襲いかかってきた瞬間、オレンジの光を隠れ蓑にして駒鳥が引き金を引いた。
 まっすぐに飛んでいった電極が炎を突き抜け少女の服にとりつく。
 途端、電流が流れた。

「きゃぁあああああああああああああああッ!?!?!!?!」

 聞こえてきたのは少女の悲鳴とスパーク音。美しい笑顔は見る影もなく、服は所々焼け焦げている。セシリアが白目を剥いて前のめりに倒れた。彼女が動く様子はない。気絶しているのだ。

「悪いけど、眠っていて貰うよ」

 なんとか言葉を吐き出したディックも、その場に膝をついてしまう。
 セシリアが気絶して炎を制御できなくなったせいか、じわじわと周囲の熱が増してきている。

「あ……れ……」

 地面に血がボタボタと落ちた。赤黒い水たまりが出来ている。膝が汚れた。

「くそ、今から……この子を運んで、ここを……出ないと……いけないのに……」

 ロビンの腹部に刀が刺さっていた。どうやら背後から襲いかかってきたようだ。出血で眩暈を起こしたディックがそのまま仰向けに倒れてしまう。ドシャリと重い水音がした。頬が血に汚れ、鉄の臭いがする。

「凡ミス……だ……バットマンに、怒られ……る……」

 視界の隅で炎が踊った。身体が動かない。目がかすんで頭が重い。
 結局ディックは血だまりの中でそのまま意識を失ってしまった。
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