RAGE OF DUST

ビースト:YEAR ONE01


「祐未、今日からパトロールに参加しろ」

 夕食の後バットケイブで格闘術の訓練をしていた祐未とディックが動きを止めた。ふたりとも一瞬顔を見合わせ、それから本人より先にディックが声をあげる。

「とうとう祐未も行くんだ! コードネームはどうするの?」

 彼の言葉を聞いて祐未もやっと動き出した。かけていた黒縁の眼鏡を外し、テーブルの上に置く。視力は悪くないのだが、虹彩の変化を誤魔化すためのものだ。彼女は日常生活ではこの特殊レンズをかけるよう、ブルースに言いつけられていた。

「さすがにウリディンムだとなにがあっかわかんねぇからな。"ビースト"とかでいいんじゃねぇの?」

 ロビンが不満そうな声を出した。

「"ビースト"? そんな単純なものでいいの?」

「お前だって駒鳥だろ」

「僕はロビン・フッドのつもりだったんだよ。バットマンがフードを取ったんだ」

 横で話を聞いていたブルースが目を細める。既にコスチュームを着込み、あとはマスクを被るだけでバットマンだ。彼はディックを見ずに短く言った。

「お前はロビンで充分だ」

「ほら! これだよ!」

「はは、じゃああたしも"ビースト"で充分じゃねぇか。それとも、ロビンの下っ端らしくピジョンとでも名乗ってやろうか?」

 ディックが口を尖らせた。眉間にシワをよせ、わざとらしく落胆の声を出す。

「あーあ、祐未もすっかり口が達者になっちゃった」

「"なっちゃった"ってなんだ、"なっちゃった"って」

 祐未がディックを小突こうとして避けられた。不満げだったディックは満面の笑みになり、今度は祐未が不満げに口を尖らせる。
 子供達のじゃれ合いに割って入り、ブルースが祐未に黒い布を手渡した。
 ディックが首を傾げる。

「それは?」

「祐未のコスチュームだ。要望通りのものになっているはずだが、一応着替えてみろ」

「へぇーい」

 コスチュームを受け取った祐未が服のボタンに手をかける。ブルースが目を見開き、ディックは咄嗟に祐未から背を向けた。声を発したのは人数分のコーヒーを運んできたアルフレッドだ。

「祐未様、人前で服を脱ぐなどはしたのうございますよ。女性にあるまじき行為です。せめてあちらの影でお着替えになってください」

「あっ、そっか。わかった」

 祐未がコスチュームを抱えて駆けていく。ディックはそっと振り返り、顔を赤くして安心したようにため息をついていた。その場で硬直していたブルースにアルフレッドがコーヒーカップを渡す。

「あのような場合はすぐさま注意してくださいませんと困ります」

「あ、ああ……」

 ブルースは反応こそしてみせたが、未だ動揺しているようだ。心ここにあらずといった感じでコーヒーを啜っている。おそらくコーヒーの味も満足にわからないだろう主人を見て、アルフレッドが続けた。

「……祐未様もパトロールにお出かけですか?

「ああ」

「彼女には先ほどのように、日常生活に慣れておられない部分が多く有ります。旦那様がその都度注意していただければ私も心配など致しませんが、先ほどのように驚いて石の様になってしまわれては不安ですな。彼女には正義の奉仕よりも学ぶべきことがあるように思えてなりません。この"社会見学"が彼女にとって有益だとお考えですか?」

 マシンガントーク。動揺したブルースがアルフレッドの毒舌に畳みかけられる。高身長の大男が執事から目を逸らした。ディックは肩を竦め、久しぶりに冴え渡るアルフレッドの毒舌を聞いている。この家の主人はブルースだが、ブルースの育ての親はアルフレッドだ。稀に主人さえ執事に頭が上がらない時がある。
 ディックにもわかるほど、アルフレッドは祐未の参戦に反対だった。祐未にはパトロールよりも先にやるべきことがある、と言うのが彼の主張だ。それだけが理由ではないだろうが、怪我をして欲しくないとか危険なことは控えて欲しいとかいうのはブルースやディックにも抱いている感情だろう。
 主人が執事に攻撃されている間に、祐未が着替えを終えて姿を現す。
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