天体観測1 ゴッサムの警察署も案の定停電している。これではバットシグナルもつかえまい。建物の中では懐中電灯を片手に警官たちが慌ただしく動いていた。 音も無くその屋上に降り立ったバットマンが特殊な集音器を取り出す。それから建物内の会話を聞くため相応しい場所を探した。暫くすると集音器が会話を拾い始める。 まず聞こえてきたのはゴードンの声だ。 「停電? なにが原因だ!?」 それから別の警官の声が数人、重なりあうように聞こえてくる。 「長引くなら交通整備の必要がある!」 「犯罪と交通事故にも注意を! パトロールを強化しろ!」 「今、交通課が手配しています!」 停電の対応に追われているようだが、原因がなにかは掴んでいないらしい。バタバタと慌ただしい音とともに、警官の誰かが声をあらげる。 「ゴードン本部長! 妙な通信が無線から入りました!」 「なんだ!」 バットマンが目を細めた。この停電の原因がわかるかも知れない。無線を受け取ったらしい警官が震える声で言葉を続ける。 「あの、ジョーカーからです……停電に、関係あるようです……」 その場が緊張感に包まれた。バットマンが目を見開き、集音器からゴードンの固い声がする。 「ジョーカーだと!? 奴め、今度はなにを企んでいる!!」 ゴードンの怒号を聞きながら、バットマンは集音器とは別に盗聴器を取り出した。簡単な操作をして、無線の内容を傍受する。 ジョーカーからの犯行声明。聞き逃すわけにはいかない。 警察署内部ではゴードンが無線を受け取っていた。 街は相変わらず闇に包まれている。停電がジョーカーの仕業だというのなら、この状態がどれほど続くのか予想できなかった。 なにせ病院の生命維持装置や電子医療機器、街の信号機など生活に必要不可欠な電力が気ぐるいピエロに奪われたのだ。思いつく限り最悪の事態である。 ゴードンもバットマンと同じように考えているらしく、集音器から聞こえてくる彼の声はとても重く、固い。 「……ジョーカーか?」 しかしそれとは対照的に、盗聴器から聞こえる無線の声は癇に障るほど明るく朗らかだ。 『ハロー、ゴードン本部長! それに警察署の諸君! 星が綺麗だと思ったことがあるだろう!? だけど悲しいかな、ゴッサムは街が明るいから星が思う存分見られないんだ! それでこれは俺からゴッサムへのプレゼント! ゴッサムの変電所に忍び込んで街の明かりを消したから、今日は思いっきり天体観測を楽しんでくれ! 家族連れでも恋人同士でもひとりでも! 星を見るのは楽しいぞー!』 思わず頭を抱えてしまいたくなる。底抜けに明るい底抜けの悪意に満ちた声。バットマンは頭を抱える代わりに舌打ちした。ゴードンは彼と違って辛抱強く癇に障るような声を聞いている。 『でも困ったな! 長い間停電してたんじゃあ病院の生命維持装置も止まるだろうし、信号がつかないんじゃあ大事故の元だ! 星が信号の代わりをしてくれるわけじゃあないしな! ヒヒヒ!! 10時間以内に10億ドル!! 用意してくれりゃあ電気を返してやるよ!』 ゴードンと同じ場所で声明を聞いていた警察官が俄にざわめく。10時間以内に10億ドル。デタラメな数字だ。本当に受け渡しをするつもりなのかすらわからない。 相手はジョーカーだ。気ぐるいピエロがなにを考えているかなど誰にもわからない。 それでもゴードンは部下達に 「静かにしろ!」 と一喝を送り、ジョーカーに言葉の先を促す。無線機の向こうで白塗りの道化がケタケタと笑った。 「おっと、変電所には2カ所とも見張りがいるぜ! 誰かが近づいた場合と10時間以内に金が用意できなかった場合はふたつとも爆発させてやるからそのつもりでいろ! また連絡するぜ! じゃあな〜!」 無線が切れた。盗聴器からの音声も途切れる。ゴードンは建物の中で乱暴に机を叩き、バットマンはマスクに覆われた顔で不機嫌を露わにする。 ふたりの口から低い声が這い出してきたのはほぼ同時だった。 「ジョーカーめッ……!!」 [しおりを挟む] 目次 戻る |