RAGE OF DUST

天体観測3


 部下に一通りの指示を出し終えたゴードンは、ひとりでコーヒーを飲んでいた。常々言われているように警察署のコーヒーはあまり美味くない。

 彼がふと気づくと、背後に闇が立っていた。

「バットマンか」

 横にはいつもの少年がいる。さっそく騒ぎを聞きつけてきたのだろう。視線だけを動かして蝙蝠を見た。表情はうかがい知れない。

「さっきの声明を聞いたのか?」

「ああ。聞いていた。これから変電所に向かう」

「おい、ジョーカーは変電所に近づいたら爆破させると言っていたんだぞ」

 彼の苦言に返答したのは、蝙蝠ではなく駒鳥だ。

「気づかれない様にするよ。どっちみち、様子を見なきゃ始まらない。金を払って、本当にジョーカーが"電気を返して"くれるかもわからないしね」

 警察署内部にも彼と同じ意見の者がたくさんいた。なにせ相手は気まぐれな道化師だ。金を払ったら最後、ジョークだと言って変電所を爆破する可能性だって大いにあり得る。
 あの道化のジョークはどれも最低最悪なのだから。

「気をつけてくれよ、ロビン。変電所の爆破ももちろんだが、君も怪我をしないように」

「大丈夫さ。まかせてよ、本部長」

 少年はいつでも明るく快活だ。一抹の不安を抱えて微笑み返したゴードンは、駒鳥の隣に見慣れない小さな闇を見つけ、眉を顰める。
 立っていたのは黒髪の少女だ。
 身に纏った布はどれも黒。ショート丈のブラトップにホットパンツとヘッドギアといった出で立ちは、服というより下着に近い印象を受ける。黒いドミノマスクをつけているのでおそらくバットマンの仲間だろう。

「バットマン、彼女は……見慣れない、少女だが、また仲間の子供が増えたのか?」

 思わず非難めいた声がでる。しかしバットマンは表情を変えずに淡々と言う。

「問題無い。強い少女だ」

「しかし……!!」

 ゴードンは子供をクライムファイトに巻き込みたくなかった。ロビンの時も似たような問答をした気がする。結局彼の必要性を感じ、なし崩し的に認めてはいるが、子供に危険なマネをさせてしまう罪悪感や焦燥感は消える事などない。
 その上少女まで巻き込んで何かあった時どうすると言うのか。
 声を荒げるゴードンに、渦中の人物である少女が笑いかけてきた。

 ヘラリ、と事の重大さがわかっていないかのように気楽に、軽薄に。薄く色づいた唇の間から鋭い犬歯が覗いていた。

「ヘイヘイ、ダーティ・ハリー! そう目くじらたてなさんな。駒鳥と同じだよ。蝙蝠の手駒さ」

 口から出る言葉も笑顔と同様軽薄。ロビンとはまた違った雰囲気だがこちらもよく喋る子供のようだ。バットマンとは対照的である。
 ロビンは礼儀正しいが、少女のほうにはふてぶてしさがあった。生き汚いというべきか。腹の内が読めない。昔相棒だったベテラン刑事を思い出した。
 少女が顎で蝙蝠を指す。

「あちらの旦那が人手不足でバイトを募集してたもんでね。生憎住所がゴミ箱でも雇ってくれる仕事はこれだけだったんだ。可哀想だと思うなら帰りにリコリス飴でも買ってくれ」

 おそらく言葉の大半が意味の無い冗談だ。生い立ちが壮絶なのか、それすらジョークなのか判別できない。
 なんと言って良いかわからないゴードンの横でロビンが肩を落とす。

「本当、口が達者になっちゃったなぁ」

 以前はこれほど酷くなかったということだろうか。ゴードンが答えをだす前に、バットマンが不機嫌そうに唸って見せた。

「ビースト、無駄口を叩くな」

「ヘイヘイ」

 彼女のコードネームはビーストというらしい。ロビンなどは自分が怒られたわけでもないのに肩を竦めている。注意された張本人も肩を竦めたが、ロビンほど怯えてはいないようだった。
 ゴードンは改めてコーヒーを口に運び、ひとつ咳払いをして話を続ける。

「今回のジョーカーはおそらく金が目当てだ。くれぐれも慎重に」

 頼む、と言おうとして振り返る。バットマンがいる事を期待したのだが、そこに闇の姿はなかった。
 それどころか駒鳥とビーストまで消えている。
 いつ消えたのかすら、ゴードンにはわからない。

「……いきなり消えるのをどうにかしてくれ」

 呟いても、当然答える者などいなかった。
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