RAGE OF DUST

敵対観測


 ノース変電所は明かりが消えていた。様子を見に来たロビンとビーストが物陰から顔を出す。
 ロビンがハンドサインで進行を指示すると、ふたりとも闇に紛れて変電所に近づき、木々の間に隠れた。
 目標地点まではまだ遠い。
 ロビンが周囲を確認した後、ビーストに再びハンドサインを送る。
 少女は無言で暗視スコープを取り出し、変電所に目線を合わせた。
 ビーストの横に立ってロビンも肉眼で様子を伺う。

「おかしいな、ひとけがない」

「見張りってのはハッタリだったのか?」

「よく確認してみよう。ビースト、変電所の周囲は?」

 暗視スコープがグルリと周囲を見回す。ビーストは落ち着き払って小さく短い返答を返した。

「誰もいないぜ。ブービートラップもなさそうだ」

 耳の痛くなるような静寂。とても犯罪者に占拠されたとは思えない。ロビンがビーストの肩に手を置き、やはり小さな声で呟いた。

「赤外線センサーもなさそうだな。もう少し近づいてみよう」

 ふたり同時に動き出し、あっという間に変電所の敷地内に侵入する。やはりトラップやセンサーの類はなく、見張りもいない。誰かに気づかれた様子はなかった。
 ロビンがグラップネルガンを撃ち込み、ビーストを抱える。少女は驚いて手足をバタつかせた。

「!? おいっ!」

「静かに、ビースト。こっちのが早いだろ」

 ロビンが強い口調で後輩を黙らせ、建物の屋根へと登る。彼はもう一度周囲を確認し、呆れた様にため息をついた。

「よくこれで変電所に近づいたら爆破するなんて言えたよ」

 ビーストが身じろぎしてロビンの腕から逃れる。抱えられたことが不服なようだが、すぐに気を取り直して顔をあげた。

「罠ってことはねぇのか」

「さあ? とにかく、中の様子を確認しよう」

 ロビンがビーストの前に手のひらを出す。少女は一瞬ロビンの横顔を見て、すぐため息を共に暗視スコープを渡した。少年は受け取ったスコープを構える。ビーストのほうを見ずに言った。

「君、目もいいから暗くても見えるよね?」

「こんなに近くなら、まあな」

 ふたりとも気づかれないよう窓に近づき、そっと中を覗き込む。明かりのついていない建物内は薄暗いが、暗視スコープ越しになら様子がよく見えた。
 しばらく人影を探し、やっとふたつの姿を捕らえる。
 まず目に入ったのは2メートル超えの大男。ビーストが片眉を跳ね上げた。ロビンが視線をずらし、口をへの字に曲げる。
 暗視スコープに映っているのは黒いマント。裏地は黄色。赤いベストに緑のズボン、緑のグローブ。ロビンに良く似た、むしろロビンそのもののコスチュームだ。着ているのは、ロビンと同い年くらいの少年。もしかしたら少年のほうが少し年上かもしれない。
 駒鳥が不機嫌そうな声を出す。

「なんだあれ。僕のマネ?」

 横にいたビーストは彼と違って楽しげだ。喉の奥でククッ、と笑う。

「そう怒るなよ。キディ・ポルノにだってお前のコスプレは大勢出てるだろうぜ」

「……君は本当、口が達者になったね」

「元々だよ。この手の冗談は腐るほど聞いた」

「……そう」

 敵がなぜロビンの格好をしているかはわからないが業腹だ。だが、ビーストの言った言葉もロビンは充分不快だった。

――この手の冗談は腐るほど聞いた

 それはつまり彼女が、たかだか十代か、悪ければ4、5歳の子供に冗談半分であれ"キディ・ポルノ"という単語を投げつけるような世界にいたことを意味する。彼女の口調からしてどんな言葉とともにそれが投げつけられたかは想像に難くない。
 
 まるで人間の悪意が蹲るゴミ溜だ。ゴッサムも治安の良い街ではないが、おそらくここ以上に醜悪な臭いのするゴミ溜めでもなければ、そんな人間はいないだろう。

 それを彼女が不快とも不自然とも思わないことすら、ロビンは嫌だった。
 世界はそんなゴミ溜めだけではない筈だし、ゴミ溜めだって綺麗な場所に変えられるはずだ。
 なのに彼女は、まるですべてを諦めているように現実だけを直視する。現実を変えようという努力を彼女はまるでしなかった。
 バットマンやロビンとは真逆の思考回路だ。現実的といえばそれまでだが、きっと彼女のような思考回路は犯罪の増長に一役買っている。
 諦めてしまえばそこで全て終わりだ。なにも変わらないし、変えられない。

「ビースト、あとで話し合おう」

「あたしの言葉使いに関してならアルフと毎日話し合ってるぜ」

「じゃあ僕もその会話にいれて貰うことになるな」

 ビーストが舌を突き出して見せるが、ロビンは無視した。こんなに表情豊かなくせに、彼女の根本にあるのはニヒリズムだ。あるいは諦観か。悟りと諦めと、本人が絶望だと認識できないほど深く根を張った絶望。

「それにしても、妙だな」

 背筋に這い寄ってきた得体の知れない感覚を無視して、ロビンは思考を切り替えた。隣にいる少女もいつもの調子で答えてくれる。

「ああ。数が少なすぎるぜ」

 彼女の目が細められた。声がワントーン低くなり、空気に緊張感が混じる。

「それに、あの野郎」

「知ってるの? どっち?」

 ロビンが顔をあげ、少女の視線を追った。彼が大男を見ると同時にビーストも言う。

「トロールのほうだよ。"クサリフ"ロジャー・フォード」

 その声は忌々しげだった。いつもヘラヘラ笑っている彼女にしては珍しい。

「あたしと同じ、"ネルガル"の傭兵だ」

 ネルガル。彼女をほぼ不死の生体兵器に改造した武器商人組織。ビーストが住んでいたゴミ溜めの名だ。
 ロビンは敵から目を逸らし、耳元に手を当てた。真剣な表情だ。ネルガルの傭兵ということは、ビーストと同じとはいかないまでもなんらかの改造を施されている可能性がある。

 そして当然、ビーストの弱点も知っている。

 もしかしたらビーストを連れ戻しに来たのかもしれない。
 彼女の言う『ゴミ箱』に、また少女を押し込めるための刺客かもしれないのだ。

「……バットマンに連絡しよう」

 そんなことは絶対にさせないと、駒鳥は決意を新たにした。
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DANGERHAPPY