本番開始2 その日も洞窟は薄暗く、巨大なコンピューターのブルーライトがぼんやりとあたりを照らしていた。 「祐未、お前が理性を無くすのは、正確には"生命の危機"のせいではない。ノルアドレナリンやアドレナリンといった脳内物質の放出に関係がある。つまり生命の危機でなくても、怒りや悲しみ、驚きといった感情や単純な興奮によって身体能力がさらに向上する。人間が感情によって我を忘れるケースは多々あるが、訓練すればコントロールできるようになるのは周知の事実だ。お前は理性を失わず、身体能力をさらに向上させることができる」 ブルースは、ビーストの――祐未の身体に寄生した"ニナズ"という生命について独自に調査と検査をしてくれていた。 ロビンが持ち帰ったネルガルの資料と、彼が独自に持ち合わせた情報網および最先端技術によって、尚もその解析は続いている。 ニナズの暴走が"生命の危機"によるものではないというのは、彼が発見した最初の新事実だ。 話を横で聞いていたロビン――ディックが首を傾げる。 「なんで"ネルガル"はそれに気づかなかったの?」 「おそらく、祐未にそこまで深い"感情"がなかったせいだろう」 祐未は軽い気持ちでブルースの返答を聞いていたのだが、ディックは違ったらしい。大げさなまでに目を見開き、裏返った声を出す。 「祐未に感情がないの? この、1秒後には顔の表情筋が動いてるような子が?」 ブルースの言葉よりも、祐未ははるかにディックの態度と言葉が気に入らない。 「おい、ディッキー。馬鹿にしてんのか?」 祐未の不機嫌そうな声を聞いてディックが肩を竦める。 「いや、かわいいって言ったのさ」 「そうは聞こえなかったぜ」 目つきを鋭くする祐未と、笑って誤魔化すディック。ふたりのやりとりを見ながら、ブルースは静かに言葉を続けた。 「祐未は自分を"生体兵器"だと思って生きてきた。他人のために動く"道具"だと自分を割り切ってきた。すべての出来事は自分には無関係。言われたことをただ淡々とこなす機械――そんな生き方をしていて、深い感情が生まれるわけがない。表面上は感情が豊かでも、心の中にはなにもない」 今までディックを睨み付けていた祐未が、今度はブルースを見て口をへの字に曲げた。 「面と向かってめっちゃこき下ろされてんだけど」 しかしディックは、当然と言いたげな態度だ。 「ブルースの言いたいことはわかるよ。最初に話を聞いた時、自分がどんなに酷い扱いを受けてきたかも君はわかってなかったんだから」 祐未が軽く頭を掻く。生まれてこの方そういう扱いだったのだから仕方ないだろうと言いたかった。 しかし、彼らはそう思わないらしい。 ブルースが祐未の肩を軽く叩いた。 「だから、お前は今後感情を抱く訓練と、それをコントロールする術も学ばなくてはいけない。そうすれば暴走するようなことにはならないだろう」 感情を抱く訓練。それをコントロールする訓練。すべてが祐未には初めてのことだった。 「自分の中にある感情と向き合い、コントロールしろ。受け入れた上で手綱を取るんだ」 [しおりを挟む] 目次 戻る |