ありがとう、ヒーロー 変電所に到着したバットマンの目に飛び込んできたのは、破壊された設備と気絶した敵の上に座って手を振るビーストの姿だった。 少女は赤黒い血の着いた身体で飄々と笑っている。 「お早いお着きで、バットマン」 わかりやすい皮肉だ。 彼女の言葉に無言を返した蝙蝠が駒鳥に視線を移す。 「……ロビン、警察に連絡は?」 「もうやったよ。そろそろ本部長が来る」 少女と違い、駒鳥のほうは優等生だ。報告を聞いたバットマンがひとつ頷き身を翻した。マントがバサリと音を立てる。 「なら、あとは警察の仕事だ。この場を離れるぞ」 それをみて少女が敵の背中から飛び降りた。スキップするように蝙蝠へ駆け寄り、顔を覗き込んでくる。 「なあ褒めてくれよぉ、こいつやっつけたのあたしなんだぜ?」 「お前は傷が治るからといって無茶をしすぎだ。ロビンが通信で伝えてきたぞ。腹に大穴をあけたそうだな?」 少女の笑顔が消え、不満そうな顔になる。彼女はバットマンからロビンに視線を移し、わざとらしく口を尖らせ少年を上目遣いで睨んだ。 「つげぐち いくない」 「心配なんだよ、僕もバットマンも」 子供たちが3人を見つめている。蝙蝠も周囲の、偽のロビンたちを見回した。 「子供たちは警察に保護してもらう。いいな?」 彼の言葉に、ロビンがニヤリと笑って見せる。 「いいけど、孤児院の選定は慎重にしてくれよ」 ビーストはすぐ子供たちに対して声をかけた。まるで旧知の友であるかのように気安い声だ。 「じゃああたしらこれで帰るからさー! あとは警察がやるってよ!」 彼女の言葉を聞いて、フォークリフトの横に腰掛けていたグレッグが立ち上がる。 「俺たちはどうなるんだ?」 「警察に保護してもらうみたいだぜ。その後はバットマンがマトモな孤児院見つけるってよ」 「孤児院にマトモなとこなんてあんのかよ」 ビーストが笑った。左右非対称の笑みだ。悪巧みをしているような、イタズラに成功した時のような、そんな笑み。 彼女はそのままグレッグと肩を組み、彼の身体を引き寄せた。声を潜めて小さく呟く。 「そン時はさ、全部ぶっ壊してテメェがそこの"ボス"になれよ」 少年が驚いた様に少女を見た。彼女は相変わらず左右非対称の笑みでグレッグを見ている。 「泣き寝入りはシャクだろ?」 つられて少年も笑ってしまう。 彼はずっと、地べたを這いずり回って生きてきた。 目の前の少女もきっと、生まれた時から泥の川に浸かった人生だったのだろう。 グレッグもグレッグの仲間も、生き残る為ならなんでもやった。それに理由なんてない。ただ生きたいから必死だった。 今までは選択肢なんてなかったけれど、少なくとも抗うか従うかくらいは選べるらしい。 差し伸べられる手を待っているのではなく、必要なものは力尽くで引き寄せればいいのだと少女が笑ったから。 彼らの背後から、低い声が聞こえる。 「ビースト」 バットマンだ。威圧的な声だが、会話を聞かれていたのかどうかは判然としない。 「はいはーい」 少女がグレッグの元を離れ、黒いマントの元へ駆けていく。ロビンがグレッグに小さく手を振ってくれた。 そうして次の瞬間、ヒーローとサイドキックは闇夜に身を躍らせ、その場から消えてしまう。 「……ありがとう、ヒーロー」 だからグレッグのその呟きを聞いた者は、その場に誰もいなかった。 [しおりを挟む] 目次 戻る |