シークレット・シークレット1 正午。ゴッサムシティのミッドタウンにある、寂れた酒場。 薄暗い室内には木製の丸テーブルがいくつも置かれている。カウンターの向こう側には酒瓶がずらりと並んでいて、営業時間外だというのに酒の臭いがこびりついているようだ。 店内に客の姿はなかったが、1番奥のテーブルにだけ男がひとり座っている。 ウィスキーの入ったショットグラスを右手に持ち、気だるげに目の前のテレビを見つめていた。 画面には性交の様子が映し出されており、女性の嬌声がその場に響いている。 男がグラスの中身を呷り、苛立たしげに吐き捨てた。 「ったく、なんで俺がポルノのチェックなんてしなきゃいけねぇんだ。バイトはいつ来ンだよ。ノルマ終わんねぇぞこれ」 男が忌々しげに視線をずらす。床に紙袋がおいてあり、今からチェックしなければいけない映像データが山になっていた。頭が痛くなりそうだ。 彼が片手で頭を押さえ、カウンターにあるウィスキーボトルを取るため立ち上がる。 男がボトルを持ち上げるのとほぼ同時に、バックヤードから女の悲鳴が聞こえてきた。 テレビの嬌声とは違う、堰を切ったように溢れ出る泣き声だ。 耳に残る悲鳴を聞いて男が舌打ちする。彼はボトルから直接酒を飲んだ後、そのボトルで乱暴にテーブルを叩いた。 「オイ! その女黙らせとけっつったろ!」 奥からすいません、と別の男の声が聞こえた。直後、人を殴る音と、再度女の悲鳴が聞こえる。 次いで低い怒号が聞こえてきた。 「泣き叫いたってテメェの借金はなくならねぇだろうが!」 嘲笑うような声が後を追う。 「せいぜい向こうで頑張って稼ぎな。死ぬ気で働きゃ3回死ぬ前には完済できるだろうよ」 女は完全に沈黙したようで、もう悲鳴も泣き声も聞こえてこなかった。変わりにビデオの嬌声が響く。 1本目の確認が終わり2本目の映像を流し始めた時、ドアベルがチリンと甲高い音を立てた。 男が顔を上げる。 「おい、まだ店はやってねぇぞ」 裏の方の常連か正気を無くした酔っ払いかと思ったのだが、立っていたのは金髪の少女だった。青い目に、裾の広がったパステルピンクのフリルジャンパースカートと白いフリルのついたブラウス。 この酒場どころか、酒場がある通りにすら不釣り合いな見かけだった。背中に背負う日本刀だけが彼女の印象を異質なものにしている。 武器を持っている以上敵かもしれない。 男が立ち上がって近くにある椅子を蹴った。大きな音がする。 「ガキが来るところじゃねえぞ。とっとと帰れクソガキ。それとも売り飛ばされてぇのか?」 大抵の人間はこれで怯えるか怒るかするのだが、金髪の少女は不思議なことにうっすらと笑みを浮かべていた。 「そうね、売り飛ばして欲しいわ。私じゃないけど」 「あ?」 男が眉を顰める。騒ぎを聞きつけたのか、バックヤードからも部下たちが出てきた。 停止できなかったポルノが流れ続けており、その場には相変わらず女の嬌声が響いている。どうにも間の抜けた空間だ。 「なんの騒ぎっすか?」 「ガキ? つまみ出しますか?」 「上玉じゃないッスか。マニアに良い値で売れますよありゃ」 部下にたきつけられた男が再び少女を見る。日本刀は気になったが、確かにマニアに好かれそうだ。 ただし上等な服を着ているため、攫えば騒ぎになる可能性もある。 「おいガキ、すぐに店出れば見なかったことにしてやるが、そうじゃなきゃ本当に売り飛ばすぞ」 最後通告だった。 しかし少女――セシリアは笑顔のまま、男たちに向かって手をかざす。 髪と服が風に靡くようフワリと浮き上がった。彼女の身体全体を青い光が覆う。 途端、男たちの目がうつろになり、表情が弛緩した。 少女が鈴を転がすような声で言う。 「貴方たちに、頼みたい仕事があるのよ」 [しおりを挟む] 目次 戻る |