消えたdaydream

シークレット・シークレット2


 今夜、ゴッサムシティのどこかで少女たちが売られてしまうらしい。
 蝙蝠に連れられて夜の街に飛び出したロビンとビーストは、手に入れた情報に従ってミッドダウンの酒場を訪れた。
 開店時間は過ぎているはずだが、店を開けている様子はない。
 そもそも酒場というのは表向きで、実際は違法な売春を生業とする連中だ。最近では麻薬にも手を出し始めたらしいので、本業のほうが忙しいのだろう。
 薄汚い店を見上げ、ロビンが言った。

「ここが悪党の本拠地?」

「おそらく取引は別の場所で行われるが、元締めはここにいるはずだ」

 バットマンの言葉を聞いたビーストは既に姿勢を低くして、銃をいつでも取り出せるようホルスターに手をかけている。いつも通り振る舞っているが、今日は少しピリピリしていた。

「とっとと始末しちまおうぜ。取引もやめさせねぇといけねぇんだろ?」

「ああ。まずここの連中から取引の現場を聞き出す」

 言うやいなや、バットマンが酒場の扉を蹴り破る。悠々と店に踏み入れたバットマンに、ロビンとビーストが続いた。
 酒場には数人の男がいて、1番奥のテーブルにリーダーらしき男が座っている。ウィスキーを飲んでいたようだが、慌てて立ち上がったためショットグラスが倒れ、中身がテーブルの上に零れた。

「ば、バットマン!」

 慌てる彼とは対照的に大きな蝙蝠が低い声で訪ねる。

「今日は休業日か?」

「子供連れで来るような場所じゃねぇぞ! とっとと帰れ!」

 慌てて立ち上がったわりに、口答えする余裕はあるらしい。ロビンが肩を竦めて見せると、横でビーストが口の片端を歪めた。
 バットマンは彼らと違いニコリともしない。ただ一歩男に近づき、威圧的に言い放った。

「お前が素直に情報を教えてくれればすぐに帰るさ」

 巨大蝙蝠がポーチからバッタランを取り出し、男に向かって素早く投げる。テーブルに蝙蝠型の小さな鉄板が突きささり、バットマンが男との距離をさらに詰めた。
 周囲にいた男たちが臨戦態勢を取ったが、彼らにはロビンが釘を刺す。

「他の連中も動かないほうがいいよ。痛い目にはあいたくないだろ?」

 彼の横でビーストが言った。

「いっそ全員痛めつけたほうが手っ取り早く吐くかもな」

 彼女の"脅し"はかなりの効果があったらしく、全員がその場に凍り付く。ただしロビンは、彼女が半分以上本気であることを知っていた。
 躊躇も戸惑いもなく必要とあらば実行に移すのがビーストだ。

「ぐっ……」

 リーダー格の男が小さく呻いた。
 彼は意外なことに、テーブルのバッタランに手を伸ばして迫る蝙蝠に投げ返す。
 驚いたのはロビンだ。

「うわ、意外に根性あるなぁ」

 バットマンにあの手裏剣を投げられたら大抵の人間は震えあがる。それこそコスプレ犯罪者でもない限り、あれだけで情報を吐き出すのが常だ。
 しかしこの男は勇猛果敢にも、ゴッサムの守護天使に向かって吠えた。

「ふ、ふざけんじゃねぇぞ! こ、この人数に勝てると思うなよ! テメェら全員ぶっ殺してやる!」

 人はそれを無謀という。
 ロビンは周囲の人間を倒すつもりで武器を構えた。バットマンはその場で男を睨み付けている。
 真っ先に動いたのはビーストだった。

「どうやら自分の立場ってもんを解ってねぇみてぇだな?」

 口元には笑みが浮かんでいたが、目は笑っていない。ロビンがなにかいう前に、彼女はカウンター奥にある戸棚に向かってゴム弾を撃ち込んだ。木製の戸棚に穴が開き、中からビニール袋に入った白い粉が大量に現れる。麻薬だ。溢れ出た袋がボトボトと床に落ちる。
 ビーストが銃をホルスターに収めた。

「余裕かましてんじゃねぇぞクソッタレが。どうせ警察に賄賂でも送って、安心しきってたんだろ。こんなわかりやすいところにヤク隠しやがって。詰めが甘いにもほどがあるぜ」

 ビーストが笑みを深める。歯をむき出しにした野犬の笑みだ。一瞬破壊された戸棚を見つめた男が、顔を赤くして声を荒げる。

「テメェ、なにしてやがるクソガキが!」

 ビーストが地面を蹴り、男との距離を一気に詰めた。バットマンのマントが微かに風で靡く。
 編み上げの黒いロングブーツがテーブルを踏みつけた。ガタンと音がして木製のテーブルが傾く。少女の左手が男の首を掴んだ。

「ぐぇ」

 とカエルの潰れたような声がする。マフィアが拘束から逃れようと暴れた。みっともなく足掻く男の耳元にビーストが顔を近付ける。マスク越しに見える目が微かに赤く光っているようだ。

「イキる余裕があるなら情報吐きなよカウボーイ。ケツの穴にヤク詰め込んで変態に売り飛ばしてやろうか? テメェがチンタラしてたせいでガキどもが売り払われたら、テメェも同じ目にあわせてやるぜ。死ぬより辛いって経験はこの世にゴマンとあるんだよ。ヤク漬けになってクソ食う生活が3週間も続けば"あの時喋っときゃよかった"って嫌でも思うようになるだろうさ」

 少女は笑顔だ。裂けた口元から鋭い犬歯が覗いている。男の喉を食いちぎる気だと言われれば、おそらく大半の人間が信じるだろう。
 それでもマフィアは勇猛果敢に、あるいは無謀に、少女を睨み付けた。
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