消えたdaydream

kills ROBIN1


 祐未の部屋は、ディックが使っている部屋の隣にある。彼女が日常生活で困った時すぐ助けに入れるようにという意味合いが強かった。
 異性の部屋に入るのはこれが初めてだが、別の意味で緊張している。
 少年は意を決し、扉を軽く叩いた。
 
「祐未、入って良い?」

 すると中から

「入れよ」

 と短い返事。
 言われたとおりドアを開けると、シャワーを浴びたばかりらしい少女が濡れた髪をタオルで拭いていた。

「シャワー浴びてたのか?」

「汗かいたしな」

 ディックの中でシャワーは朝浴びるものという印象が強い。祐未も滅多に夜シャワーを浴びないはずなのだが、珍しい限りだ。

「適当に座れよ。聞きたいことって、マフィアの野郎が言ってたことだろ?」

「でも、君が話しにくいことなら僕は」

 祐未が頭にタオルを被ったままベッドに座る。白いシーツが少女の体重でシワを作った。ギシリとスプリングが軋む。

「いいって。どうせブルースとアルフは知ってる。ブルースがお前に話してなかったのは、単純に"こっから先はR18"ってだけの話だ。あいつはお前の保護者だが、あたしはそんなもん関係ねぇ」

 ディックがベッドに向かい合う形で置かれたソファに座ろうとすると、彼女がベッドを軽く叩いた。それはさすがにどうかと思ったが、祐未が譲りそうにないので仕方なく彼女の隣に座る。またスプリングが少し軋んだ。
 祐未はディックから顔を背けるように視線を動かす。タオルを被っているため、表情が完全に見えなくなった。
 暫く沈黙が続く。
 ディックが少しだけ肩を揺らすと、祐未が口を開いた。

「……あたしはネルガルの扱う"商品"だった。金さえ払えばなんでもさせられる商品だ。下っ端の中には、あたしをつかって小遣い稼ぎしようって奴らもいた」

 ディックは黙って彼女の話を聞いている。ここまでは彼も知っている昔話だ。Y21という記号とともに、彼女は人間から獣へと堕とされた。完膚なきまでに破壊し尽くされた尊厳。踏みにじられた人間性。与えられなかった愛と優しさ。喪われた道徳。

「最初にやったのは、ネルガルが人体実験に失敗しちまった40人のガキを殺す仕事だ。広い部屋にガキが40人とあたしがひとり。連中はそれをビデオに撮って売り払った。タイトルは"40KIDS1murderer"。失敗作の始末をあたしにさせろってのは上の指示だが、ビデオに撮って売り払ったのは下っ端が小遣い稼ぎにやったことだ。上は注意しなかった」

 想像するだけで胸が悪くなる話だった。40人の子供達は人体実験の犠牲になっただけではなく、失敗作と断じられて殺された。
 被害者を殺したのは、同じく実験の犠牲になったひとりの少女。

「そのビデオを見て、大金払ってあたしに殺人ショーをやらせようって酔狂な金持ちも出てきた。自分のところから逃げた愛人だの、仕事でミスった部下だの、たまたま街で目にとまった孤児だのを、あたしに殺させて喜んだ。殺すだけじゃ物足りねぇ時は、ファックしろと抜かしやがった。中には死体とファックしたがるクソも、あたしが殺されるほうをご所望の連中もいた」

 誰かの快楽のために彼女は何人殺したのだろう。誰かの快楽のために、彼女は何回殺されたのだろう。何度辱められたのだろう。何度踏みにじられたのだろう。
 あるいは生きるために、何人殺したのだろう。何回殺されたのだろう。何度辱められたのだろう。何度踏みにじられたのだろう。
 ディックは強い眩暈を感じていた。どぶ川なんてものではない。ゴミ箱でもゴミ溜めでもない。
 
 彼女は昔、この世の地獄に住んでいた。

「スナッフフィルムに、殺人ショー……そんなもの、実在してたのか」

「バレたら大騒ぎだからな。業界じゃ暗黙の了解さ。1本1万ドルくらいで売るらしいぜ」

 そこで祐未が一旦言葉を切った。沈黙が続き、ディックが視線を泳がせる。

「あの、嫌な事を思い出させてゴメン」

「あたしが話すって言ったんだ。お前が謝るこっちゃない。それとも胸クソわるすぎて引いたか」

「君にそんなことを強要した連中には、正直怒りを覚えるよ」

「あたしも同類さ」

 ディックが声を荒げる。

「そんなワケないだろ!」

 少女からの答えはなかった。タオルに隠れているので、彼女が不服なのか驚いているのか、それともまったく違う表情なのかわからない。
 少年はしばらく祐未を見つめていたが、彼女がしゃべり出す様子がないので言葉を続けた。

「僕は、君がそんな連中と同類だなんて思ってない。君は今日、子供が売り払われるのを知って怒ってた。いつも通りを装ってたけどわかるよ。自分が経験したことだからだろ? そんな人間が、他人を虐げて喜ぶ連中と同列なワケがない」

 彼なりに言葉を尽くしたが、祐未は黙ったままだった。ディックのほうを見もしない。やはり思い出したくない過去だったのだろう。
 本当は話したくないのに、強がって無理に話してくれたのかも知れない。
 少年がひとつため息をついて立ち上がる。

「……話してくれてありがとう。祐未、また明日……」
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