消えたdaydream

kills ROBIN2


 だが、彼はそれ以上歩みを進められなかった。
 祐未がディックの服を掴んでいたからだ。彼女は顔を逸らしてタオルを被ったまま、それでも強い力で少年の服を掴んでいる。
 ディックがどうしたんだ、と問う前に声が聞こえた。感情のこもっていない淡々とした声。祐未にしては珍しい、単調な声色。

「……あの男が言ってた"kills ROBIN"ってのを撮影したのは去年の話だ。なんでそのガキが選ばれたのかは知らねぇ。ロビンのコスプレしたガキを、殺すフィルムだ」

 吐き出された言葉は、今日1番の衝撃をディックに与えた。思わず目を見開き祐未を見る。彼女は相変わらず視線を逸らしたままだった。

 ロビンのコスプレした子供を殺すフィルム。
 誰が殺すのか。

 決まっている。"ウリディンム"が、祐未が殺すのだ。

「だから言っただろ。キディ・ポルノにゃテメェのコスプレが大勢いるって。その時のあたしの仕事は、ロビンのコスプレを犯して殺すことだった」

 地獄だ。地獄が実際にあるなら、きっとそんな風景が広がっているに違いない。目の前の少女は地獄で生まれ、地獄で生きてきたのだ。
 死体の腐臭と血の臭いにまみれた奈落。気の違った人間より遙かに恐ろしい、正気を保った異常者の集い。
 ディックの見たことがないおぞましい世界が、彼女の言葉の裏に広がっている。

「ふざけた話だ。ビビッたガキをあたしがレイプしたんだよ」

 祐未は加害者であり被害者だ。生きるために罪を犯し、他人の快楽のために他人を踏みにじった。
 命を奪うだけではない。尊厳も権利も感情も、人が持ち得る尊いもの全てを自分が生き延びるために踏みにじった。

「もうなにがなんだかわかりゃしねぇ。こっちも痛ぇしあっちもこの世の終わりみてぇに泣きじゃくりやがる。泣き叫ぶガキの喉笛を切り裂いて仕事は終わった。胸クソ悪い仕事だったが、別に初めてのことじゃなかった。殺しのあとでそのまま小汚ぇおっさんの上にまたがるよりはマシな仕事だと思うしかねぇわな」

 同時に、きっと彼女の尊厳も権利も感情も、彼女自身が踏みにじったのだろう。
 生きるために、生きる以外のプライドを捨てた。
 だから彼女の黒い瞳は、稀に氷のようにひどく冷たい。
 
 ディックが言葉を失っている間に、祐未はタオルで顔を隠したまま語り続ける。

「拾われた次の日、ブルースにフィルムのこと聞かれたよ。クビになるか殺されるかと思ったが……まだこの家に住まわしてんだから、ボスの正気を疑うぜ」

「それは……君が、そうしなければ死んでいたって、知っているからだろう。君にそれ以外の選択肢はなかったんだ」

 ブルースはおそらくフィルムの内容も知っているのだろう。子供が子供を殺す映像。歪んだ大人の醜い娯楽の為に踏みにじられた子供たち。
 その中に祐未も含まれているのだと、ブルースはすぐに気づいたはずだ。

「あたし自身はそう思ってるが、殺された連中はそうは思わねぇだろうな。お前だってあたしが自分のコスプレしたガキを犯して殺したなんて知って、どうしていいかわかんねぇんじゃねぇのか?」

「僕だって、君にそれ以外の選択肢がなかったことは知ってる。君も被害者なんだ。望んでそうなったわけじゃない。僕は今の君を知ってる。だから君が過去になにをしていても、関係ない」

「お前もブルースもアルフも立派なもんだ。尊敬するぜ」

 少女は頑なにディックから顔を背けている。髪はとっくに乾いているはずなのに、かぶったタオルをとろうとしない。

 顔を見られたくないのだとディックは悟った。

「だがおまえらがどう思おうと、どう努力しようと、この世はデカいクソの上なのさ。おまえらとつるんで忘れかけてたけどな、あの野郎のお陰で思い出したぜ。あたしが"どこに立ってるか"をよ」

 祐未の表情はうかがい知れない。声は嘘くさいほど淡々としていてた。無理矢理感情を押し込めているように感じる。
 彼女はいつだって本音を言わない。
 皮肉と暴言ですべてを覆い隠し、それが品のないジョークであるかのように装ってしまう。
 わざと乱暴な言葉を使っているようなところがあった。
 目的は明白だ。
 
 ディックが眉を顰め、拳を握りしめる。顔を背け続ける祐未を睨み付けると、口から低い声が出た。
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