消えたdaydream

痛い立ち位置


 バットケイブのコンピューターには街中の監視カメラの映像が映し出されており、警察無線・防災無線なども傍受している。
 コスチュームに着替えたバーバラが再びバットケイブに戻ってきてもなお、ディックは一心に画面を注視し続けていた。
 祐未はすこし離れた場所でゴム弾の射撃訓練をしている。ターゲットの中央に全弾命中させた彼女は、今度手すりに足をかけて腹筋を始めた。
 早いペースで腹筋運動を繰り返す少女を見て、バーバラが言う。

「訓練もほどほどにしなさいね」

 祐未が片手をあげて友人に答える。バーバラはため息をついて少女から視線を逸らした。

「まったく、言っても聞かないんだから」

 いつもはバーバラと一緒に注意するはずのディックはやはり何も言わない。
 仕方が無いのでバーバラがディックの元へ歩み寄った。
 街に変わった様子はなく、今の所小さな事件などもないようだ。
 バーバラが横目で少年の様子を見る。
 コンピューターを注視しているように見えて、たまに祐未を目で追っているようだ。

「……気になるんなら声でもかければいいのに」

「なんの話?」

「自分が1番よく解ってるでしょ」

 バーバラの指摘を受けてディックが不機嫌そうに口を尖らせてしまった。
 少女が赤い髪をかきあげ座ったままの少年を見る。

「ねぇ、なんで喧嘩したの?」

「喧嘩なんてしてない」

「そういうのいいから。事件があった時連携が取れないんじゃ困るのよ」

 ディックも祐未も個人のポテンシャルがとても高い。だが彼らの、否、バットファミリーの真価は連携にあるのだ。
 バットマンが不在の今、彼らの連携にミスがあればしわ寄せは全てバーバラに来る。
 ディックと祐未もアクシデントに巻き込まれるかも知れない。
 しかしディックは相変わらずコンピューターを睨み付けたまま言い放った。

「それは大丈夫」

「言いきれるの?」

 追撃されて黙るくらいなら最初から言わなければいいのに。
 数秒沈黙したディックが、今度はコンピューターから腹筋に勤しんでいる祐未へと視線を移した。

「……僕の怒ってる理由なんて、祐未にはわからないだろうさ」

「なによそれ」

 彼の横顔は怒りと悲しみがない交ぜになった不思議なものだ。ディックは稀にとても複雑な表情を浮かべる。
 年の割に人生経験が豊富だからなのか、その瞬間はひどく大人びて見えた。

「話し合いの余地がない。相手に話し合う気が無いんだから」

 彼の言葉は要領を得ず、喧嘩の原因を突き止めることはできない。バーバラはコンピューターに視線を移した。

「……なんでもいいから早く仲直りしなさいよ」

 自警活動に響くというだけの理由ではない。友人が喧嘩をしているとバーバラも悲しかった。
 ディックがフン、と鼻を鳴らして頬杖をつく。

「わかってるよ。どうせ僕が折れるんだ」

「私には祐未がいつも折れてるように見えるわ」

 クライムファイトの方法論や戦闘方法、手加減の仕方。仕事に関することはもちろんのこと、日常生活においても祐未は大抵他人の意見を尊重していた。
 『あたしはなにも知らないから』といつも笑って言っている。
 彼女が他人の意見に反論する場面を、バーバラは滅多に見たことがなかった。
 
 ディックは相変わらず不服そうだ。

「あれは折れてるんじゃなくて、話し合いを放棄してるって言うんだ」

 つまり、喧嘩がしたいのに喧嘩が出来ないから怒っているということか。
 バーバラも本当にそれでいいのかと祐未に問いただしたい時がある。
 ディックの場合、同じ家に住んでいるのだからなおさらだろう。
 だからといってこんなあからさまに怒ってみせるのはどうかと思うが。

「あー、そういうね。ガキねー」

「うるさいな」

 バーバラが笑い混じりに言うと、ディックはますます不機嫌そうに顔を歪めたのだった。
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