消えたdaydream

sweet Time1


 心優しいバーバラは、黙ってしまったディックのため話題を切り替えてくれるらしい。

「街に変わった様子はないわね」

 駒鳥はこれ幸いとばかりに食いついた。

「昨日、例のマフィア連中の使ってる車がウェイン邸の近くに停まってたのは気になるけどね」

「あの、売春斡旋のマフィア?」

「そう。上手く警察から逃げ出した奴がいたらしいし、そいつかも」

「ここに盗みにでも入るつもりかしら?」

 ディックがコーヒーカップを持ち上げ、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「それかバットマンの正体に気づいたかな?」

 バーバラがフン、と鼻を鳴らす。

「あり得ないわね。あんな三流マフィア」

「それもそうだ。これは後でブルースに報告しておこう」

「それが妥当ね。あとは?」

「特にないかな」

 腹筋運動を続けていた祐未が作業に飽きたらしく、軽やかに地面へ着地した。
 そうしてバーバラの隣に歩み寄ってくる。

「たまにはここでゆっくりしたいぜ」

 バーバラがディックに視線を向けた。少し不服だったが、彼は仕方なく固い声で言う。

「滅多にない休みが今日なら万々歳だ」

 皮肉に似た言葉の後、手慣れた様子でキーボードを叩く。数秒してディックが片眉を跳ね上げた。

「待て、なにか変だ」

 祐未は退屈そうにコンピューターの画面を見ている。

「変なことがあるのは毎晩だろ」

 だがバーバラは異変に気づいた。

「違うわ! これ、ウェイン邸に誰か入ってきてる!?」

「そんな、警備システムは万全なはずだ!」

 侵入者はおそらくひとり。玄関から堂々と入ってきているが、警報の類は鳴っていなかった。ディックが忙しなく画面と警備システムを確認していく。
 祐未とバーバラも画面を注視し冷や汗をかいていた。

 故に彼らは異変に気づかない。

 背後で甲高い音がした。

 祐未が真っ先に振り返る。

「なんだ!?」

 彼女の視界に飛び込んできたのは、床に倒れたアルフレッド。手に持っていたトレンチが床を転がり、バランスを崩して倒れる。
 また甲高い音がした。
 少女が慌てて執事に駆け寄る。

「アルフ! アルフどうしたんだよ!」

 バーバラが咄嗟に口を押さえた。

「毒ガス!?」

「いや、それなら僕たちにも影響があるはずだ!」

 原因は不明。
 とにかく、倒れた男の状況を見極め処置をしなければいけない。
 バーバラが祐未に向かって言った。

「アルフをこっちへ運んで!」

 少女が頷き、執事の身体を抱き起こす。

「アルフ待ってろ! すぐ助けるから!」

 だが異変はこれだけでは終わらない。
 3人が同時に、酷い頭痛に襲われたのだ。

「ぐぅっ……!?」

 締め付けられるような激痛。全員が頭を押さえてしまう。バーバラと祐未はその場で蹲り、ディックがキーボードの上に倒れ込んだ。

「な、なに……!?」

「頭、頭がっ……!!」

「くそっ、どうなってんだ……!!」

 呻るように吐き捨てた祐未の視界に、パステルピンクが映り込んだ。

「はぁい、ロビン♪」

 鈴を転がすような少女の声。足首まである長い金髪に、青空のような瞳。白いフリルのブラウスにパステルピンクのジャンパースカートを着た少女が立っている。
 背負っている日本刀が異質だった。
 そもそもバットケイブにまったく見知らぬ第三者がいるというだけで異質なのだが、ロリータファッションの少女が日本刀を携えて現れればバットケイブでなくても異様と判断されるだろう。
 異質な少女は周囲の戸惑いなどおかまいなしに弾んだ声を出す。
 彼女の視線は、キーボードに手をついたまま少女を睨み付けるロビンに向けられていた。
 可愛らしい小さな顔で場違いなほど可憐にニコリと笑う。

「はじめまして。私はセシリア。遊びに来たの。そんな女たち放っておいて私と遊びましょう?」

 バーバラがなんとかコンピューターを手すり代わりに立ち上がる。顔から血の気が引いていた。けれど気丈に金髪の少女を睨み付ける。

「あら……結構な挨拶ね。いかにも中身のない女っぽいセリフ選びだわ」

 祐未がアルフレッドを抱き起こしたままディックに視線を向けた。

「おい、ロビン下がれ。あいつの狙いはテメェだってよ」

「その判断は早急だよ。ミスリードかもしれない。相手の目的を気にしすぎて連携が取れなくなったらそれこそ致命傷だ」

 バーバラが片手で頭を押さえたままため息をつく。

「貴方たち、さっきまで喧嘩してたのに切り替え早いわね。確かに連携取れないかもなんて杞憂だったわ」

 セシリアから視線を外さず祐未とディックが言った。

「「喧嘩してない」」

 バーバラが肩を竦める。

「ハイハイ」

 本来場の中心にいるはずのセシリアは、存在を無視され顔をしかめた。

「まだ無駄口を叩ける余裕があるのね」

 金髪少女が手をかざす。途端3人の頭痛が酷くなった。それぞれ頭を抱えてうめき声を漏らす。

「ぐっ、うぅうっ……!!」

 セシリアのすぐ近くで唸っている祐未に、青い瞳が向けられた。細い足が彼女を蹴り飛ばす。
 アルフレッドが再び地面に倒れ、祐未も後方に吹っ飛んで転がった。ロビンの目の前だ。

「ビーストッ!」

 少年が叫ぶ。祐未から返事はなかった。愛らしい靴が黒髪を踏みつける。

「博士はなんであなたみたいなの気にするのかしら。ただの怪力ゾンビのくせに。顔だって大して可愛くないし、能力だって大したことない。女らしくもないし知性のかけらもない。いいところなんてひとつもないのに」

 ゴリッ、と音がして靴底が祐未の頭を強く痛めつけた。
 罵倒された少女は金髪の不法侵入者を睨み付け、低く唸る。
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