消えたdaydream

sweet Time2


「て、テメェ……ネルガルの奴かッ!

 セシリアが笑う。先ほどの可愛らしい笑顔ではなく、嘲笑を含む冷酷な笑み。

「そうよ。あんたなんか足元にも及ばない、優秀なサイキッカーが私よ! 私がいればネルガルはあんたなんかいらないの! あなたジャマよY21。ネルガルも博士もロビンもぜんぶ私のものなんだから! ここで殺したいくらいだわ!」

 セシリアがボールでも蹴るように祐未の頭を蹴り飛ばした。人形の様に黒髪の頭が跳ね上がる。頭痛で上手く動けないのだ。ディックもバーバラも身体が異様に重く動けない。
 動けない変わりに、ディックが怒鳴った。

「おいっ! ビーストから足をどけろ!」

 すると今まで祐未を睨み付けて笑っていたセリシアが、不機嫌そうにディックを見る。

「あなたまでこんな女を気にかけるの?」

 拗ねたような口調だった。
 それだけなら、ただのわがままな少女のように思える。
 手が背負った日本刀にさえ伸びていなければディックだって大して気にしなかっただろう。
 刃物が空を切り、鋼がライトを反射して妖しく光った。
 少女の腕が倒れた祐未の髪を掴み、乱暴に持ち上げる。
 東洋人が苦しげに呻いた。

「うっ……」

 セシリアが笑って少女の喉元に刃物を突きつける。バーバラが咄嗟に腕を伸ばし、悲鳴のような声をあげた。

「な、なにする気……やめて、やめなさい!」

 身体は上手く動かないようだ。頭痛が酷い。刀が祐未の喉元をなぞり、皮膚を破って血がひとしずく流れ落ちる。
 バーバラの後を追うように、ロビンも声を荒げた。

「ビースト! 抵抗しろ! ビーストッ!!」

 祐未が微かに腕を持ち上げたが、それ以上の動きはない。代わりに動いたのはセシリアだ。
 髪を掴んで無理矢理少女を立ち上がらせ、ディックに向かって突き飛ばす。
 ディックは咄嗟に仲間の身体を受け止めた。

 視界が祐未の身体で遮られ敵が見えない。鈴を転がすような声だけが聞こえてきた。

「貴方もお仕置きしなきゃね」

 途端、祐未の身体が目の前で大きく揺れる。ディック自身の腹部にも衝撃が走った。
 ディックが状況を把握するより先にバーバラの声が聞こえてくる。

「ビーストッ! ロビンッ!」

 視線を腹部に移すと、銀色の薄い鉄が赤い水に濡れていた。祐未とディックの腹部を繋げたそれはセシリアの持っていた刀だ。
 おそらく祐未のものであろう血が刀身を伝ってディックの傷口にしたたり落ちてくる。

 ドクン、と身体が強く脈打った。

 祐未がゆるゆると首を動かし、手をディックのほうに向けた。

「あ、ろ、ロビンッ……」

 細い指がディックに向けられる。心配してくれているのだろう。彼女は自分の傷がすぐ治るから、こういう時自分より他人を優先する。
 自分が生きることで精一杯だと嘯きながら。

 またドクン、とディックの身体が強く脈打った。

「ぐっ、あ゛ぁああ゛ぁ゛あっ……!?」

 傷口が異様な熱を持つ。心臓が脈打つたび傷がうずいた。そこに小さな心臓ができたかのようだ。全身に針を刺されたような激痛が起こる。頭も痛い。いつもはなんとも思わないライトが眼球に突きささるような気がした。痛い。
 肌に触れる布が痛い。肌に触れる空気が痛い。
 喉から声を出すだけで痛い。

「ぐぁあ゛ぁああ゛ぁ゛ああ゛!! あ゛ぁあ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 それでも自然と喉から声が出ていた。痛い。痛い。痛い。痛い。
 ディックの尋常ではない悲鳴に、祐未もバーバラも声をなくして驚いている。
 東洋人が少年に向かって伸ばした手は、相手に触れることもできず中途半端な位置で止まっていた。
 その腕が、肘からボトリと落ちる。

 血が床を汚し、腕を切られた祐未は目の前にある刀を見つめた。刀身に彼女の顔が映っている。

 遅れてやってくる激痛。
 彼女も思わず悲鳴を上げた。

「あ゛ぁああぁあああ゛あぁあぁあ゛ぁ゛ああああ゛あぁぁああ!?」

 金髪の少女は刀を振り払い、こびりついた血を落とす。そうして悶え苦しんでいるディックの髪を軽く撫でた。
 現状のディックはそれだけで激痛が走る。

「ぐぁああああああああああっ!!」

 少年の悲鳴を聞いてセシリアが笑った。

「大丈夫、そのゾンビの血があれば傷なんてすぐに塞がるわ。すごく痛いけど、良い薬になったでしょ。ロビン?」

 コードネームで呼ばれたディックが静かになる。痛みで気絶してしまったのだ。セシリアがバーバラと祐未に視線を移す。
 彼女は無言でふたりに向けて手をかざした。
 金髪がふわりと舞い上がり、風もないのにスカートが揺れる。セシリアの身体が青い光に包まれた。
 少女ふたりが頭を押さえ悲鳴を上げた。

「うっ、うぅぅううううッ!!」

「がっ、あ゛っ、あああぁああああッ!」

 そうしてふたりはすぐに糸が切れた人形の様に倒れてしまう。悲鳴も聞こえなくなった。気絶したのだ。
 セシリアが倒れた祐未の頭を軽く蹴る。反応がないことを確認し、今度はディックに手をかざした。
 ひとりでに少年の身体が浮き上がる。

「寝顔も素敵ね」

 無防備に晒された頬に軽い口づけをすると、次の瞬間セシリアとディックの姿がその場から消えていた。
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