あの日にふれたくて2「変わりたいと思いたくないから、僕らと距離を取ってたのか?」 「どんな風に付き合ってくのが正解なのか、わかんねぇんだよ。おまえらみたいな奴ら、回りにいなかった」 「そりゃ、いままで君の回りには君を道具か獣あつかいしてる連中しかいなかったんだから当然だろうけど」 「言いやがる」 「本当のことだろ。変るのが嫌じゃないなら、わざと突き放すようなことをいうのだけはやめてくれ。僕らは君から離れていったりしないから」 「あたしが、変わりたくなくても? おまえらと同じ場所に立つのが嫌でも?」 ディックがまっすぐに祐未を見ている。彼はいつだって目を逸らさない。逃げないで受け止める。強いな、と祐未は思った。 「正直変わって欲しいとは思うけど、無理強いはしない。君が今のままがいっていうなら、僕はそれを受け入れる」 「……お人好しだな」 祐未が笑うとディックは少し拗ねたようだ。口を尖らせ睨み付けるような上目遣いになる。 「なんとでも言ってよ。信頼はされなくても、せめて信用くらいされたいんだ。家族なんだから」 もしかして昨日の夜彼が怒ったのもそれが原因なのだろうか。信用。信頼。そんな聞き心地の良い言葉に祐未は今まで触れたことがなかった。 「……わかんねぇんだ。信頼とか信用とか。おまえらのことは頼りにしてるけど、あんまり一緒にいると……変わりたいって思っちまいそうで、怖い」 「そっか」 祐未の本心だった。ディックは拗ねたような表情から一転穏やかな笑顔になり、芝生の方に視線を向ける。 なぜ彼の機嫌が好転したのか祐未にはよくわからなかった。 それでも笑ってくれた方がいいとは思う。 日の当たる芝生では、仲間たちがまだ祐未とディックを待ってくれていた。 ディックが呟く。 「それが聞けたら僕は……うん、そっか」 さっきのブルースの声に良く似た響きの声だった。聞くだけで心臓が日光浴でもしているように熱をもち、足がふわふわと浮くような感覚になる。全身を巡る血に日だまりの温度が移ったかのようだ。 なぜそんな気分になるか解らず、この感覚がなんなのかわからず祐未はただただ自分の身体をもてあます。 ここは夢の中だから、身体ではなく精神の問題なのかもしれないが。 そんな祐未の葛藤も知らず、ディックは再び穏やかな笑顔を少女に向けた。 「ねえ祐未」 「なんだよ」 なぜこの少年はこんな表情が作れるのだろう。妙に大人びた、けれど祐未が見たことのない表情。日だまりのつくるモザイクのように眩しい、けれど穏やかな笑顔。 今までの人生で祐未が一度も見たことがないような顔。 青い目が祐未を捉えていた。透き通るスカイブルーの目。全てをまっすぐに見つめて受け入れる透明な青に祐未が映っている。 形の良い唇が動いた。 「僕が本当に望んでたのは、そうやって君が本音で話してくれることだったんだと思う」 周囲の穏やかな風景がいつのまにか消えている。ベンチもなくなり、座っていたはずの祐未もディックも暗闇の中に立っていた。 遙か向こう側に白い光がある。 ディックの手が、ゆるりと祐未の肩を押した。 風に吹かれたような感覚で祐未は一歩踏み出す。 振り返るとディックが相変わらず穏やかな笑顔で立っている。 「さあ、もう行って。僕も君も、夢から覚めなきゃ」 白い光が、祐未の身体を飲み込んだ。 [しおりを挟む] 目次 戻る |