N97その1「バーバラ、バーバラ起きてくれ!」 聞き覚えのある声が響いてくる。名前を呼ばれた少女がゆっくり目を開けると、見慣れたバットケイブの天井と心配そうな表情の東洋人が目に飛び込んできた。同時に後頭部に強い痛みを感じる。 「うっ……頭が痛い……」 祐未がバーバラの背中に手を添えてくれた。力を借りて上半身を起こすと、1秒おいて大切なことを思い出す。 「そうだ! ロビン!」 彼女が立ち上がろうとするのを祐未が押しとどめた。 「いきなり立ち上がるなよ。身体に響くぜ」 「ビースト! ロビンは大丈夫なの!? 貴方だって腕をっ!」 「ロビンは攫われちまったぜ。あたしは頭さえ潰されなきゃ平気だ。腕も生えた」 少女の声色は平静そのものだ。起きた瞬間から感じる頭痛とは別の痛みを感じて、バーバラは思わず額をおさえて俯いてしまう。 「なんてこと……」 洞窟を再利用した床を睨み付ける。視界に祐未の手が割り込んできた。第1関節にタコが出来ていて、人差し指と親指の付け根あたりはかなり大きな痕が出来ていた。ナイフと銃を日常的に扱うせいだ。 「起きちまったもんはしょうがねぇや。ほら、ゆっくり起き上がれよ」 祐未の手はバーバラの手よりも少し色が濃い。人種的な違いもあるが、日焼けが大きな理由だった。 彼女はバーバラの肩を軽く叩いたあと、顎でコンピューターのモニターをさす。 「街も大騒ぎになってるが、そっちはアルフに任せた。あたしらは攫われた色男探さにゃ」 セシリアと名乗ったエスパーはディックに好意を抱いているような口ぶりだった。祐未やバーバラに敵対心を持っていたようにも思う。おそらく"ネルガル"の刺客だろうから、本来の目的は祐未の確保か殺害の筈だ。 それなのにわざわざロビンを攫うというのだから呆れてしまう。 「はぁー……ブルースもディックも引く手あまたね」 「あの女の家にでも連れ込まれてりゃ解りやすいんだが、どこいったんだかな」 調査の必要がある。バーバラはキーボードに手を添えエンターキーを押した。モニターが街の地図から内部のデータ一覧に切り替わる。 彼女にはディックの行方もそうだが、もう一つ気になることがあった。 「あの女がどこに行ったのかも気になるけど、『ゾンビの血があれば』っていうのはどういうことかしら?」 バーバラの質問に祐未が答える。 「ゾンビってのはあたしのことだな」 「失礼しちゃうわよね。血に心当たりはある?」 「ねぇな」 「バットマンならどうかしら」 彼女がアクセスしたのは祐未に関する情報を保存するフォルダだ。パーソナルデータ以外の情報は表示されていない。隠しファイルがいくつか。すぐにアクセス拒否の表示が出た。 「貴方の情報、ほとんど厳重なプロテクトがかかってるわ。娘の個人情報が大事なのはわかるけどやりすぎじゃないかしら」 祐未もバーバラ同様コンピューターのモニターを凝視している。手はバーバラの肩に置かれていた。 「なにせスネに傷のある娘だからな」 彼女の言葉にバーバラが口を尖らせる。祐未のこういう受け答えは心臓に悪い。 「そういう意味じゃないのに」 一方彼女は口の片端を歪めて見せた。バーバラほど気にしていないようだ。心が強いのか無神経なのか、それとも強がっているのかわからない。 「なんだよ、冗談で言ってるわけじゃないぜ? ひとつでもバレりゃあたしはここにいられなくなる」 「ならプロテクトを三重にするようブルースに進言しておくわ。アクセス成功」 モニターの表示が一変した。画面一杯にズラリと様々なファイルが表示され、何階層かに別れてさまざまなデータが紐付けされている。 身体データからニナズによる能力の上昇率、脳内ホルモンの分泌量と虹彩変化の比例関係。中にはキディ・ポルノに関係するらしいファイルもあった。ひっそりと画面の隅に表示されたファイルを見て祐未の目が揺れる。 彼女は眉を顰めてバーバラを見た。 「……これ、後でボスに怒られるんじゃねぇの?」 「いいのよ。緊急事態なんだから」 バーバラは努めて涼しい顔をして、血液に関するファイルをクリックした。彼女にだって触れられたくない過去はある。いくらいつも笑って軽口を叩いていたって知られたくないことはあるだろう。 画面にはブルースがまとめたであろう祐未の血液に関する情報が表示されている。 「これね」 ざっと目を通しただけでとんでもない情報であることが理解できた。確かにこれは、慎重に扱わなければならないだろう。全てを解明したわけではないようだし、バットマンなら仲間にさえ情報をひた隠しにしてもおかしくない。 バーバラの顔が強ばる一方で、祐未の目は文字の羅列を見た瞬間止まった。読もうともしてないことがわかる。彼女はすぐバーバラに視線を向けた。 「なんて書いてある?」 「あなた読み書き出来るようになったのよね?」 「ハリー・ポッターの一巻読み終わるのに二週間かかったけどな」 説明した方が早そうだ。バーバラはひとつため息をつき、画面にいくつかのデータを表示させた。 [しおりを挟む] 目次 戻る |