N97その2「良く聞いて。ニナズに寄生された貴方の体液は、他人の傷や病気なども治す能力がある。つまり、ニナズが貴方に与えた能力は貴方の体液を通じて他人に"伝染す"ことが可能なの。身体能力や自己治癒力、五感……あらゆる能力や感覚を爆発的に高める」 画面に酵素の立体構造図を表示させる。ニナズが糖を摂取することで生成する2種類の酵素だ。これが彼女の全身を巡り、超人的な能力を与えているらしい。 そしてその酵素を含む体液を摂取することにより、他人にも彼女の能力が"伝染る" 「貴方の能力が"伝染った"他人と貴方の違いは痛覚の反応ね。ニナズの生成する特殊酵素をバットマンはN97と名付けたわ。この酵素は全ての身体能力や感覚を爆発的に高める。そこには痛覚も含まれてるの。特に血液はN97の含有量が高くて、血液を摂取すると肌が空気や服に触れただけで激痛が走るそうよ。神経過敏状態ね」 次はラットによる実験結果。いつのまにこんなことをしていたのか、バーバラはまったく解らなかった。ディックもおそらく知らないだろう。ブルースの秘密主義は今に始まったことではないが、厄介なことだ。 「祐未はニナズが生成する別の特殊酵素――バットマンはN97-2と名付けたわ。これが痛覚をコントロールしているようなの。血だけを摂取した場合、それができなくて苦痛にのたうち廻ることになるわ。ウソみたいな話ね」 祐未は事の重大さを理解していない。平然とした顔で腕を組んでいた。 「まあ実際ロビンはのたうち廻ってたしな」 たしかブルースたちの話によれば、停電事件の際祐未と対峙したロジャーという傭兵も、バッタランの攻撃を受けてのたうち廻っていたらしい。過剰な反応は祐未の血液に触れたためだったのだろう。 祐未もバーバラと同じことを思ったらしく、モニターを注視したまま首を傾げた。 「ネルガルもあたしの血のこと知ってるから、前にロジャーは全身タイツみてぇな戦闘服を着てたわけか」 「そしてロビンのバッタランで服が破けて、傷に貴方の血が入って神経過敏になったってワケね」 「そういうこったな。正気取り戻すまで結構早かったから、そんな長い時間効くもんでもないらしい」 「マウス以外の実験結果があってなによりだわ」 祐未が短い笑い声を上げた。横顔がブルーライトに照らされている。 ふと目があい、少女の指がバーバラの頬に触れた。ピリ、と小さな痛みが走る。どうやら傷が出来ているようだ。 「バブス、倒れた時すりむいたんだろ」 「あら、そうみたい」 黒髪の少女が傷に顔を近付ける。バーバラが意味を理解する前に、祐未の舌が傷口に触れた。当然バーバラは目を見開く。 「なっ!?」 咄嗟に祐未から距離を取った。抗議の言葉を吐き出そうと口を開くも、彼女の言葉は途中から違うものに変わってしまう。 「いっ、ったぁいッ!」 頬に焼けるような痛みが走った。傷がうずく。脈打っているような感覚だ。範囲が小さいのが唯一の救いか。思わず目尻に涙を浮かべ、傷を押さえる。 「やだすごく痛いッ!!」 悲鳴を上げるバーバラに対し、祐未は笑顔だ。 「バブス、手ぇ離してみろよ」 これは祐未が舐めたせいなのだろうか。言われるまで気づかなかったような傷がこれほどしみるとは考えづらい。しかし原因は他に思い当たらなかった。 「いきなりなにするの!? 擦り傷の痛みじゃないわよコレ!」 彼女の抗議も祐未は軽く受け流してしまう。 「ほら、いいからいいから」 バーバラは涙目で彼女を睨み付けた。少女は平然とした顔で相手の行動を待っている。結局折れたのはバーバラだった。 「なんなのよもう……」 こんなに痛むなんて傷はどうなってしまったのだろう。頬から手を退け、コンパクトミラーで顔を見ると頬にあったはずの傷が消えていた。痕にもなっていない。 「傷治ってるぜ、バーバラ」 「あら、本当だわ……」 「さっきの話、マジみてぇだな」 祐未が笑う。バーバラとしてはあまり笑えなかった。悲鳴を上げるほど痛かったのだ。口をへの字に曲げて友人を軽く睨み付けた。 「試すなら事前に許可を取って頂戴。驚いたわ」 「次から気をつける。とにかくイイカードが手に入った。いこうぜ、バブス」 「どこへ?」 東洋人は立ち止まったが、バーバラに背中を向けたままだった。首だけを動かして視線を向けてくる。 「"金髪のメスガキ"から仕事貰ったマフィアのとこ」 合点がいってバーバラも歩き始めた。 「ああ……でも、知ってるかしら?」 「金髪のメスガキはディックを攫った女で間違いねぇからな。あいつらの車がここいらにあったっつーしよ。知ってるかどうかは五分五分ってとこだが……」 バーバラが赤髪をかきあげ、マスクをつける。 「今の所それしか手がかりはないわね」 祐未も黒いマスクを身につけた。 「そういうこった」 [しおりを挟む] 目次 戻る |