消えたdaydream

真実の血清その1


 打ちっ放しのコンクリートと鉄格子が並ぶ拘置所も、やはり誰もが眠り続けていた。お陰でバーバラと祐未が忍び込んでも騒ぎにならない。
 音もなく天井から忍び込んだビーストが囁く。

「全員寝てるとラクでいいな」

 バーバラも彼女同様天井から忍び込み、周囲の牢屋を見渡した。

「あとで刑務官の人たちを起こさないと」

「そうだな」

 祐未が寝ている刑務官に近づき、腰にから檻の鍵束を取る。バットガールは目当ての牢屋を見つけ、相方に向けて手を上げた。
 するとすぐに鍵束が放り投げられる。即座に鍵を開けると、滑り込むように祐未が牢屋の中に入った。
 通り過ぎざま

「見張り頼む」

 と言われたので

「わかったわ」

 と返す。
 牢屋の中ではひとりの男が床で寝ていた。赤髪を刈り上げた男だ。売春斡旋をしていたマフィアのボス。
 祐未が寝ている男に近づき、彼の頭を軽く蹴る。

「ほら起きろ。時間がねぇんだ早くしろよ」

 赤髪が顔を歪めて呻いた。

「ぐっ……んん……」

 男の瞼が開く。祐未は彼の胸ぐらを掴み上げ、無理矢理上半身を起こした。頭を急に動かしたためか男がさらに顔をしかめる。

「な、なんだ、頭が痛い……」

 意識はハッキリしているようだ。軽く頭を振ったマフィアをみて少女が笑う。

「おう、起きやがったな」

「あ?」

 彼女の声を聞いて男がやっと視線を動かした。しばらくした後、目を見開いて声を荒げる。

「あ!! て、テメェ、"ビースト"! こんなところまでなにしに来やがった!」

「なに、お前に聞きてぇことがあるんだよ。"金髪のメスガキ"が今どこにいるか知らねぇか?」

 バーバラが周囲を見渡しても、誰か目覚める様子はなかった。今はそちらのほうが好都合だが、事故に巻き込まれても眠ったままの人間がいるかもしれないと思うとぞっとする。

「俺はあのガキの名前もしらねぇんだ! 居場所なんて知るわけねぇだろ!」

 ビーストが男の腹部を殴る。赤髪が口から空気と唾液を吐き出し咳き込んだ。東洋人の少女が冷たい目で彼の後頭部を見下ろしている。

「そうかい。だが昨日、あたしらのアジトの近くでテメェらが持ってる車が防犯カメラに映っててよぉ。まだつながりがあるんじゃあねぇのか?」

 マフィアが肩で息をする。口から零れた唾液を乱暴に拭い、ビーストを睨み付けた。

「知らねぇな! 知ってたとして誰がテメェらなんかに言うかよ!」

 少女が笑う。歯をむき出しにした野犬の笑みだ。

「相変わらず威勢だけはいいな」

 細い指が男の顎に触れた。人差し指だけで顔を上げさせる。黒い目が静かに見下ろしていた。

「時間がねぇからな。"まき"で行くぜ」

「は?」

 祐未が人差し指と親指で男の頬を挟むようにして口を開けさせる。男をまっすぐに睨み付け、微かに眉を顰めた。バーバラには、口の中を噛み切ったように見える。彼女が口を開けるとやはり赤い雫が唇の上を滑った。
 男が状況を理解する間もなく、少女が彼に口付けた。口の中で溢れた血が男の口内にこぼれ落ちる。
 マフィアが目を開き、喉を動かす。男が祐未を突き飛ばし、何度かむせこんだ。

「ぶっ、ぶはっ! テメェ、このクソガキ! なに飲ませやがった!」

 男の口端にも祐未の口端にも赤い液体が一筋流れている。ビーストが血を拭い、歯をむき出しにして笑った。

「今にわかるぜ」

 赤髪の表情が変わる。目を見開き、全身から汗が噴き出した。喉を押さえて地面に転がる。

「ぎっ、ぎぁっ、ぎゃぁああああああっ! うぐぁあああああっ!」

 その反応は、セリシアに刺された時のディックに酷似していた。命の危機を感じた生き物の悲鳴。ベッドの足に身体をぶつけ、騒々しい音がした。
 おそらく彼の全身では痛みが暴れ回っていることだろう。
 祐未は床を転げ回る男を冷たい目で見下ろしていた。
 イカレた犯罪者と対峙し続けてきたバーバラでさえ悪寒が走るような目だ。怒り狂ったバットマンの目と非常によく似ている。感情を排したような表情だった。
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