憎しみと交わる夜に

男の寝室に向かう前に、ゆっくり、湯浴みをする。
何度もシミュレーションを繰り返した暗殺の行程。
どうにかしてあの心綱を紛らわせねば、一太刀とも浴びせられはしないだろう。

その場から離脱され、雷を打ち込まれれば、そこで計画は全て終わりだ。

何としても、殺す。
そのためならば、この身体はどんな辱めを受けたって良い。


湯浴みを終えて上がると、侍女たちが心配そうに、タオルを渡してくれる。
甘いムスクを身に纏い、肌を磨き、髪を美しく結い上げる。

燃えるような赤毛。
鏡にうつる自分の顔。


「ガーネット」


記憶の向こう。
鏡を見るたびに、姉の声を思い出す。
今では、双子のように瓜二つ。

ーーエネル!

許せない、
あいつだけは絶対に許さない。


姉は天使のように優しかった。いつも、自分より他人を優先するような人だった。なぜだ。

なぜ、殺したんだ!

侍女として申し分ない働きをしていたと、ホワイトベレーからは告げられた。

姉の遺骨と、神の恩情と渡された信じられない額のお金。
神により姉は殺された。それだけしか教えてもらえなかった。


「待ってて、姉さん」


心の奥で呟く。
懐に短刀を忍ばせ、赤い口紅を最後につける。

皮肉だな。
今日の私は、人生で一番、美しいだろう。





神の寝室。高い天井に、薄っすらと焚かれた香の甘い匂い。

だらっと寝転がる背中。
がっしりとした筋肉。たくましい胸板。この、身体に、抱かれるのだ。

心臓が早鐘を打つ。
少なくとも、今だけは殺意が漏れないようにしておかなくては。

怖くて仕方がない、というように、身体を縮こめて、初々しいステップで、足を進める。


「エネルさま、参りました」


声を震わせて、弱々しく語りかける。
一枚の白い布で包んだ身体。
片手だけあげて、近寄るように人差し指を曲げる神。

緊張。
神経を尖らせて、次に相手がどう動くのか、気配を読む。
慎重に、一歩踏み出す。

消える。
速い、後ろに現れる。

瞬時に交わしかけるのを抑えて、ベッドに押さえつけられるのを、力なく受け止める。

綿雲のように柔らかいベッドに、身体が沈み込む。

顔が向き合う。
神の目が、一瞬、怯えたかのように見開く。

どうして?
考えてる暇はなく、貪るように唇を塞がれる。

にゅるりと侵入する舌。
口内を犯すように伸びてくるのを、誘うように受け止める。

唇に噛み付いて、頬に手を触れる。
男の手が肩にかかる。

集中しろ。
こいつは何を考えてる?
隙はいつできる?

肩で結んだ布のリボンの結び目が解かれる。

銀の糸を引いて、唇が離れる。
暗い炎を灯した男の瞳が、獣じみた光を帯びる。

憎しみのような、胸を透明なガラスで突き刺すような感情。
苦い味が口内に広がる。

姉とこの男の間に、いったい何が…?


「ルビー」


確かに、エネルがそう囁いた。
頭が真っ白になる。

気が付いた時には、男の胸に短刀を突き立てていた。
彼の胸を掠める刃。

だが、届かない。
初手は外したが男が逃げ出す気配はない。ひとまず安心だ。

命と引き換えでいい。
こいつの命を!


「エネル!!」


男が電撃を繰り出す。
ほんの数ミリで避けて、力の限り床を蹴り、真っ直ぐに男を目掛けて突進する。


「姉さんの仇!!」


消える。
社を壊す気はないらしく、大きな電撃がくる気配がない。
あるいは馬鹿にされているのか。

どちらにせよ好都合だ。


金の棍棒で近距離戦を仕掛けられる。
額を掠める。
仰け反って避けて、男に足蹴りを食らわせるが、武装色を纏っていても、筋力のせいか、ビクともしない。

むしろこちらの足が痛い。


「ほお、この私に蹴りをいれるか」


飄々と、まるっきり余裕な様子でいるのが腹立たしい。注意力が乱れる。

背中を男の雷撃による蹴りが擦る。
一瞬の痺れが、次の手を遅らせる。

防戦にもつれ込む。
細く肌を切るような電撃を間一髪で避けつつ、短刀で闇から現れる男の重い棍棒による打撃をいなす。

攻撃の間、相手の力の流れを利用して懐に潜り込む。
ピンチはチャンスとはよく言ったもの。

一番、無防備になるのは、攻撃の瞬間。


「届けええええ!!」


体力的にも、絶対に敵わない。
一撃必殺を狙う。

心臓に、短刀を突き立てる。


だが、幻のように男が消える。
ほんの少しだけ、見てしまった勝利の幻のせいで。


「っぐ!」


短刀が叩き落されで宙を舞う。
棍棒で思い切り腹を蹴り上げられ、壁に吹き飛ばされる。

武装色で防御はしたが、壁が砕け、衝撃が全身を貫く。
頭が揺れる。身体が痺れる。

息が、乱れる。


「…実に、不届き」


からん、からん。
落ちる短刀。

負けを告げる乾いた金属の音。

うつ伏せに倒れた上体を起こす。
男が迫っている。

キッと、わざわざゆっくりと歩いてくる神を睨みつける。


「なぜ、殺さない」


愉快げに笑う男の顔。
胸元に、小さく赤い血の玉が浮かんでいる。

それを指で拭うと、ペロリと舐める。


「俺に傷をつけたのは前代未聞でな。少々、お前に興味がわいた」


どんな暴力を振るわれるか、身を硬くする。
見聞色の覇気。
だが、神に殺意はない。

思うように身体が動かない。
逃げられない。

しゃがんだ男の手が伸びる。
喉を掴まれて、顔を近づけさせられる。


「ガーネットか。ヤハハ、ちょうど良い。ここのところ、退屈しきっていたところだ」


結いあげた髪が落ちる。
黒い下着のキワを撫ぜるように触る指から、パチ、と電気が走る。
身体が跳ね上がる。嬌声が飛び出す。


「せいぜい、俺を楽しませろ」


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