禁忌と漂う記憶の欠片
すれ違いざま、たまたま目があったわけではないことが分かるように視線を捉え、微笑む。
幽霊を見たかのように、はっとする。それは、ルビーを知っているということ。
神兵の胸ぐらを掴んで、背負い投げる。
「黙って」
唇の形だけ、言葉通りに歪ませて、喉元に刃を突き立てる。
ひらりとメモを神兵の鼻先で揺らす。
あの神に気取られぬように、言葉なく真実を話すよう筆談を促す。
「覚えていることを教えなさい」
大体は黙って、苦虫を噛み潰したような顔で頷くーー
***
夕暮れの黄金色した空気の中、風が髪をすくってたなびかせる。
塀の上に腰掛けて、眼下の大地を見下ろすと、あの男の支配が及ぶ大地の範囲の広大さに目眩がする。
真っ向から姉のことを尋ねたところ、それは「禁句」であると告げられた。
なぜなのかはわからない。
ただそれは、私が来る以前から、もうずっとそうなのだと知った。
ルビーはいったい、何をしでかしたのか。
ただ機嫌を損ねたわけではない、ということはあの男の異様な執着からも感じたが、彼女はそんな問題行動を起こすような人じゃなかった。
側女たちは入れ替わりが激しく、あまり芳しい話を聞くことが出来なかった。
神兵はこの島を占領した時から変わらない。
だけど、姉のことを、誰もが知っている。
神のお気に入りだったとしても、そんなに鮮明に覚えられているものだろうか。
「色々と嗅ぎ回っているようじゃあないか」
風に踊る髪を掴まれ、バランスを崩し、塀から落っこちそうになる。
そこを、腰から抱き上げられ、咄嗟のことに言葉を失ってしまった。トン、と軽やかな音を立てて地面に足をつけた金色に染まる男の顔に、何かを探るべく神経を尖らせるが、そこにあるのは仄暗い欲望と、得も言われぬ悔しさのような感情のようでーー
「何が」
あったのか。問いかけが声になる前に、また唇を貪られる。
嫌な記憶を私で塗りつぶす、抑えきれない支配欲。
どうせ止められてしまうとわかっていながら押し払い、身を翻しながら蹴りを入れ、また神の不興を買う。
「ふん、学習力のない」
足を掴んで引きずり倒した彼は心底楽しそうで、そうなって欲しかったのだと気がつき、いやらしいことをさせる口実を作ってしまっただけの自分に嫌気が差す。
なのに、なぜ。少しだけ彼の纏う空気の物悲しさに、また姉の面影を見る。
嫌だ。
代わりになるのは、嫌だ。
「なんだ、それではつまらない」
抵抗を一切やめてだらしなく身を投じると、彼は一層不満そうに口を尖らせて足を放り投げた。
「別に、あなたを楽しませるつもりはない」
「お前はいつも口では殊勝なことだが」
起き上がって、土埃を払う。
紫色に変わって夜を迎える時間の中、ふと、私はこの男のことを何も知らないことに気がついた。
「なぜ、神になったんだ」
考えるより先に口走った問いかけに、彼は虚をつかれたような顔をした。
顎をさすりながら、しばらく逡巡しつつ、
「…さあ?」
ニヤリと意地悪く笑って、闇が訪れた夜の空気に神は一筋の雷光を残して消えていった。
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