Glass2 バンブーカフェ



 「マスター、おすすめおかわりー」
「お客様、そろそろよしておいた方がよろしいのでは?」
「らーいじょうぶれすって! ここの飲み物美味しいんだもん」
結構酔っている女性客。おすすめと言われたのでそれを逆手に取る。アルコールじゃなくていいのだ。ノンアルコールでもソフトドリンクでも。
流石にミネラルウォーターを出すわけにはいかないのだが、
(……吐いたりしないだろうか?)
少々不安を帯びながらも氷をグラスに入れミネラルウォーターを注ぐ。ティースプーン半分程ローズシロップをすくいステア。
「とりあえず今日はこれでおしまいにしてください。お客様に何かあっては心苦しいです…」
テーブルの上にローズウォーターを置いた。
透明な液体に女性は不満そうな表情を浮かべている。それでもそれに手を伸ばし煽った。
女性はびっくりしたような顔をしてコップを見つめていた。
「なにこれ、……おいしい」
「それはよかったです。またいらした時に注文してください。今日はこれ以上飲むと体に毒ですよ」
目を細めて微笑む彼に目が泳ぐように視線を外す。

 店内に来客を知らせるベルが鳴る。
入って来た男はフードを目深にかぶったままカウンターの真ん中の席へと座った。
支払いを済ませ、見送るとその客へと声をかけようとした時だ、
「バノックバーン」
その男はそれだけ言った。
ウイスキーグラスに近い大きさのグラスに氷を入れグラスの淵に化粧塩を施しスコッチ・ウイスキー60mlとトマトジュースをビルドしステアする。飾りに三日月型に切ったレモンをかけて男の前に出した。
トマトジュースのドロッとした見た目の赤色カクテル。
男は出されたそれを一気に飲み干した。そして、一呼吸置くと次の注文が入った。
「ネルソンズブラッド」
ネルソンズブラッド、主に割る形のカクテルとは違い酒を酒で割る…というより酒に酒を加えるスタイルのカクテルだ。ポートワイン30mlにシャンパン180mlをビルドする。他にも作り方は様々だが、いい具合に酒の仕入れが出来た時には、ポートワイン45ml、コニャック45mlのネルソンズブラッドを提供することもある。どちらにしても酒で酒を割っているので酒に弱い人なら酔うであろうカクテルには変わりはない。

世の中にはブランデー1滴を入れた紅茶で酔う者もいるし、チョコレートボンボンで酔って吐く者も居るくらいだ。
目の前の客を不思議そうに眺めながら注文のカクテルを作る。
「マスターそろそろ帰るわ、ミネラルウォーター貰える?」
テーブル席で三人で飲んでいた男性客から注文が入る。それに応えながら、出来上がったネルソンズブラッドを男の前に出し、失礼しますと軽く頭を下げ、注文のミネラルウォーターを注いで、テーブル席へと運ぶ。
(今日は結構来たな……)
周りでは色んな会話が行き交っている。最近は雨降らない、梅雨時期が怖いとかこの間どこかで有名人を見たとか他愛のない会話だ。店自体はそんなに大きくないこのBar. let down。客の回転が早い時は早いのだ。ゆっくり過ごす客も居ればさっさと注文して帰るものもいる。多種多様な模様を見つめるのは嫌いではない。
 カウンターへ戻ると先程の男はゆっくりとネルソンズブラッドを飲んでいた。流石に一気に煽ることはしなかったらしい。
「なぁ、他にも何か作れるのか?」
唐突な男の質問。
「材料さえ切らしていなかったり、そのレシピを知っていれば」
そう答えると男は次から次へと注文を出した。彼からは何か異様な空気を感じたのは二度目のバノックバーンを注文された時だ。
 ブラッディー・メアリー、ブラッディー・マリー、ブラッド・レッド・サングリア、ブラッド・アンド・サンド、ブラッド・ソーダ、ゾンビ、ローズ・ヒップ・ティー……
引っかかるような注文に、様子がおかしい…そうレイルは思った。
「そんなに飲んで大丈夫ですか?」
「あ……、あぁ。酒は強い方だ。それに、金ならちゃんとある」
「……確かに代金の方も気にはなりますけど……。――もし、よろしければ私のオリジナルのカクテルを提供したいのですが、いかがでしょうか?」
「……値段は?」
「他とさほど変わりません」
少々間を置いて男は了承した。その返答に柔らかくレイルは微笑んだ。紅い瞳が揺らめく液体の様に凪いだ。
フード下の表情は見えない。
 グラスに氷が当たる甲高い綺麗な音が響いた。
「お待たせしました、創作カクテル。 サングエ・ディ・ベルヅェブです」
差し出されたグラスに男は反応を示す。
コリンズグラスに不気味に佇む赤いカクテル。先程までのどのカクテルよりも深く重い赤に喉が鳴っているようだ。
グラス底にはザクロが沈み、氷が重石をしているような赤いカクテル。ライムが上の方を漂っている。
お通しのように小さな皿にチョコレートのかけらが一緒に添えられている。
男が一口カクテルを口にする。すると凄い剣幕でこちらを睨みつけてきた。それには微かに口角を上げた。
「お前……このカクテルに何を入れたっ!?」
「……お気に召しませんでしたか?」
静かな店内が殆どだったが今日は客足も多く、雑音があった為男の声など気にもしない客たち。
紅い瞳が不敵そうに男を見つめている。男の方は苛立った様子でチョコレートを齧った。
「どうやら、似た者同士のようだったので。少々私のを、混ぜました」
「!」
チョコを齧っていた口が止まる。
「似た者同士だと?」
「えぇ、貴方。――人間ではないですよね」
不意を突かれたように男は動揺を隠せずにいた。
「目的はなんだ」
「目的? 私はここへ来るお客様に満たされて帰って頂きたいだけですよ。だから貴方には魔王の血(sangue di Belzeb*)を提供させていただいたんです。貴方、吸血鬼……ですよね?」
そして付け足す。もの言いたそうな彼に。
「貴方が注文していたカクテルは大体が血を意味しているものばかりだったので」
男は目を閉じて肩を落とした。邪魔して悪かったなと言って代金を置いて出て行こうと立ち上がる。
「此処は誰かを毛嫌う場所ではないので。どんなモノでもlet downは歓迎していますよ」

"本日 ドリンクサービスDAY"

「お前一体何なんだ……」
「ふふっ、私は―――」
口元に人差し指を添えて妖艶に微笑う。
短髪に見える黒髪に紅い瞳、整った顔の青年は言う。このBarのマスターだと。


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