Glasss3 真夜中のシンデレラ


 「ねー、マスター。マスターって歳幾つ?」
「若いのに店任せられて凄いなぁ」
「マスターの目ってカラコン? すっごい気になってたんだけど」
最近では新規だったお客様が常連化し、色々と興味を持ったことを聞くようになっていた。
レイルは口元を柔らかく緩ませると、質問に答える。
「50代ですよ」
周りのモノは一瞬時間を奪われたように静まり返った。すぐに質問したモノでないモノが声をあげた。
「マスター冗談きついよ。どう見てもマスター20代でしょう。下手したら10代ですよ」
「50代でも若い人は居るけどさ、マスターが50代とか美魔女もびっくりよ?」
「魔女?」
(まだ、魔女も居るんだな……。もうとうに滅んだと思っていたが)
「で、本当のところはどうなんだい?」
会話は中々切り離されないようだ。
「私は嘘は言ってないんですがね……」
困った。と表情を貼り付けるが、どうもこの話題を終わらせてくれないらしい。どうしたらよいかと考えあぐねてみたがいい案も浮かばず。

 「すみませーん! 軽く軽食をお願いしたいんですが」
手を上げて言う女性客。それに返事を返す。話題から切り離されるチャンスではあった。
彼は注文を受け軽食となるサンドイッチを作りはじめる。至ってシンプルなハムとレタス、玉ねぎのサンドイッチだ。
注文をした女性客の席へと運ぶ。
周りはざわざわとしている。店内には静かな音量で曲が流れている。
(歳は訂正しようにもどうしたらいいかわからないしな……)
「ハムレタスと玉ねぎのサンドイッチをご用意させていただきました」
嬉しそうに女性客は受け取り、レディ・オブ・メイを飲みながらサンドイッチをつまんだ。
時計は午前一時を指し始めた。
 来店のベルが鳴る。
そちらに振り返り挨拶をする。
黒のボレロに赤紫のような色味のグラデーションを見せるワインレッドのワンピースを着た女性。久しぶりに見た彼女。
あの日以来やって来ていない彼女だった。
 彼女はまたカウンター席へ進んだ。そして端っこの席へと腰を下ろす。
注文を問えばあの時と同じ小さな声でサンドリヨンと微かに微笑んで言う。
手を重ねて顎を乗せこちらを見ている青い瞳。
不思議な彼女。
「最近は晴れ続きですね」
「そうですね」
「これじゃあ乾いちゃいますよね、大地がひび割れちゃう」
サンドリヨンを彼女の前に置く。
彼女はそれを嬉しそうに眺めてから口をつけた。
「やっぱり美味しいです」
小さな声、その小さな声を真似るように控えめな声量で
「この間の支払いですが、当店はそこまで高くはないので、差額をお返しします」
そう言って差額をカウンターに差し出した。
「……」
ふっと笑う彼女。やはり何も言わない。
耳に残る、小さな注文の声と礼の声。 少々交わした会話。
 「また……来てもいいですか?」
「いつでも」
「有難う……」
そう言って支払いをして彼女は帰る。
外に出る際、微かに響いた雨音と、雨の香り。雨が二ヶ月ぶりくらいに降ってきたようだ。梅雨時期になっても一向に降らなかった雨、危惧していた自体を免れそうだとどこかで思ったかもしれない。
 そして、ふと思い出す。彼女の事を――。
(そういえば……)




決まって雨の日にやって来る、雨の日のシンデレラ(Cendrillon de Un jour pluvieux)







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