10.ブルマさん




『見上げれば同じ空。<10>』



悟空と共に訪れた西の都・カプセルコーポレーション。目指すはブルマさんのところ。
お出迎えしてくれたお手伝いロボットに案内されて…

「……………」

歩いていく。

「……………」

歩いて、いく…

「……………」

あの、ちょっと…

「ねぇ、トランクスくん…」
「ん?なぁに、お姉ちゃん」
「これ、家の中だよね?」
「そうだよ?」
「さっき、恐竜みたいのいたよ?」
「うん、おじいちゃんが拾ってくるんだ」
「…家、だよね?広すぎませんか?」
「ん〜…慣れれば大丈夫だよ!」

そういう問題でもない気がするけど。
色々突っ込みたいのは置いておいて…あたしはひたすらロボットの後を歩き続けた。

「そういえば、悟飯さんは来なかったの?」
「兄ちゃんは学校だってさ」
「ふ〜ん」

そんな子供たちの会話を耳に挟みつつ、ようやく到着したリビング。

「コチラヘドウゾ」
「ど、どうも」

これまた…広〜…

「いらっしゃい!」

またしても辺りをキョロキョロしていたあたしの耳にまた、聞き慣れた声。

「おっす、ブルマ」
「何がおっす、よ。私が呼ばなきゃ来なかったくせに」
「ははっ、悪ぃ悪ぃ」

ちらっと悟空を睨むブルマさんに、悟空は頭を掻きながら笑っている。漫画の通り、サバサバしていて…でも、人当たりの良さそうな笑顔。
そして…実物を見ると本当に綺麗。そんな人の視線がふいにあたしへと向けられたから、一瞬ドキッとした。

「この娘がそうなの?」
「ああ、紅愛ってんだ!」

悟空があたしのことを紹介してくれたから、あたしも慌てて頭を下げた。

「は、はじめまして」
「こちらこそ。ブルマよ」

知ってます。
…なんて、言えるはずもなく、あたしは顔を上げた。ブルマさんの蒼の瞳は、あたしから離れない。

「ふ〜ん…」

まるで何かを観察するみたいに、全身を見ながらあたしの周りをゆっくりと一周するブルマさん。
何だか…変に緊張してしまう。
無意識に不安になっていたのだろうか。
自分では気が付かないまま、何故かあたしは隣にいた悟空の顔を見上げていた。あたしのその視線に気が付いたのか…ニコッと笑う悟空。

「大丈夫だ。ブルマはいいヤツだぞ」

それは知ってるけど…どうしていいのかわからず、ドキドキしているとブルマさんが笑った。

「あぁ、ごめんね。あたしも一応研究者だからさ!他の世界の女の子、なんて聞いたら興味沸いちゃうのよ」
「い、いえ…」
「でもホントに、私たちと全然変わらないのね〜」

そう言いながら、ブルマさんはまたあたしの正面に立った。ぴったりとした体のラインが出る服を綺麗に着こなしている。
出るとこ出てて、締まるとこは締まってて…
あぅ…何だかあたし、女としての自信がなくなってきた…

「何か、不思議な力が使えたりするわけ?」
「まさか!あたし、そんなこと出来ないですよっ」

思いもよらなかった質問にあたしは全力で否定する。ブルマさんの言葉にあたしの横にいる2人の子供たちの目が輝いたのも見逃さなかったし。
おかしな誤解をされては適わない…

「ねぇ、ママ!お姉ちゃんと遊んできていいでしょ?」
「まぁ待ちなさい、トランクス。このお姉さんとはもう少しママがお話してみたいから、後でにして」
「え〜っ!!」
「僕も遊びたいよぉ!!」

トランクスくんに悟天くん。
2人揃ってブルマさんに向かって顔をむくれさせながら、あたしの両サイドにピトッとくっついてきた。こういう時はやっぱり気が合うんだね。

「あら、随分懐いてんのねぇ、アンタたち」
「ははっ、悟天も家じゃおめぇにべったりだもんな」
「な、何でだろうねぇ…」

嬉しくないわけじゃないけど…何だか照れくさいのもあって、苦笑いのあたし。
そして、今だあたしにくっついて粘り続けている2人にあたしは笑いかけた。

「トランクスくんも悟天くんも、少しだけ待っててもらっていいかなぁ?」
「え?」
「あたしも少しブルマさんと話がしてみたいから、それが終わったら遊ぼう」

2人の身長に合わせるように少し屈んで、顔の前で両手を合わせて、小さく片目を瞑った。
トランクスくんと悟天くんは一瞬考えるように2人で顔を合わせていたけど…最後にはしぶしぶながら納得してくれた。

「じゃあ、しばらく2人で遊んでるよ」
「約束だよ?お姉ちゃん」
「うん、約束」

どうやらトランクスくんの部屋で遊ぶらしく、またしても広い家のどこかへと消えていく2人。
2人を見送ったブルマさんは感心したように、口を開いた。

「大したもんねぇ、あの悪戯っ子たちに言うこと聞かせるなんて」
「そんな…2人とも、素直な良い子ですよ」

そう言って笑うと、ブルマさんも笑ってくれた。

「アンタも、良い娘よ」
「え?」
「さっ、こっち来て。お茶でも出すわ」
「あ、ありがとうございます」

ちょっぴり子供扱いされちゃったような気もしたけど…でも、あたしのほうがブルマさんよりもずっと年下なんだし、仕方が無い。何より不快感が全く無かった。やっぱり、この人はすごい…人を惹きつける何かがあるんだ。
その時。
前を歩こうとしていたブルマさんがふと気付いたかのように、踵を返した。その瞳の先にいるのは、悟空。

「そういえば孫くん、べジータならまたたぶん重力室にいると思うわよ?」
「ん?あ、あぁ」

行かないの?
そんなニュアンスがブルマさんの言葉無き言葉として含まれている。あたしはとっさにそう思った。

「でもよ」
「………?」

悟空があたしのことをじっと見ている。

「おめぇ、一人で大丈夫か?」
「へ?」

あたし?
一瞬何を言われているのか、あたしには理解出来なかった。ブルマさんの笑う声にハッとする。

「大丈夫よ、別に取って食べたりしないから。ね?」
「は、はい。大丈夫だよ、悟空」
「そっか。ならオラ、ちょっとだけべジータのとこ行ってくるな」

そう言って笑顔を見せると、悟空は一瞬にして姿を消した。

「っ…!!」

い、今のが“瞬間移動”ってヤツだろうか。
本当に跡形も無く、一瞬で消えるんだなぁ…

「じゃあ女2人、会話に花を咲かせるとしましょう」
「はい」
「こっちよ」

ブルマさんに案内されるままに、また広い家の中をひたすら歩く。その間にも、ブルマさんはたくさんの話をしてくれた。

「あ、ちなみにさっき孫くんが言ってたべジータってのは、一応私の旦那、になるのかな。トランクスの父親よ。孫くんとはライバル同士みたいなモンね」
「へぇ…」

はい、全部知っていますけれども。
そこは知らないフリをして、話を合わせようと思った。

「だから孫くん、家に来たら大抵べジータと手合わせしてくのよ」
「なるほど」

その時。
一旦話をやめたブルマさんが歩きながら、またあたしのことをじっと見てきた。
そして一言。

「それにしても、あの孫くんがねぇ…」

そう呟きながら、ニッコリと笑うブルマさん。
その笑顔の意味が…この時のあたしにはまだ、わからなかった。