15.生じたモノ。



いてもたってもいられないって、たぶん、きっとこんな感じ。



『見上げれば同じ空。<15>』



「ど、どうしたのよ?突然」

次の日。
いきなり訪問したあたしを見て、その人はすごく驚いた顔をしていた。当然といえば、当然だと思う。だって、本当に突然伺ったんだもの。

「一体どうやって来たの?」
「実は、悟天くんに無理言って…」

悟空は修行に出ていて留守。
悟飯くんは学校。
悟天くんだけが家に残っていたけど、今日は山の動物たちと遊ぶ約束をしているみたいで、出掛けるようだった。その悟天くんにお願いをして、西の都まで連れてきてもらった。
それを聞いて、ブルマさんはますます驚いたみたい。

「それで、悟天くんは?」
「後で迎えに来てくれるって…一旦パオズ山に帰りました」
「そう」

所在無さげに立ち尽くすあたしの肩をブルマさんがポンッと叩く。

「とりあえず、中にどうぞ。話聞くわ」
「え?」
「そうまでして名前がココまで来るってことは、何かあったんでしょ?」
「……………」

思わず俯いてしまうあたし。
ブルマさんの優しい表情を見ていたら、何だか泣いてしまいそうだった…


つい昨日もお邪魔した広いリビングルームに通される。
大きなソファの向かい側に座るブルマさん。程なくして、お手伝いロボットが2人分の紅茶を運んできた。終始無言…俯いたままのあたし。
お手伝いロボットがカップを並べるカチャカチャという音だけが、響いていた。

「で?」

紅茶が綺麗に並べ終わるのとほぼ同時に、ブルマさんが声をかけてくる。

「一体どうしたの?孫くんと喧嘩でもした??」
「いえ、そういう訳ではないんですけど…」

膝の上で両手をギュッと握り締めたまま、あたしは考えていた。なんて言ったらいいんだろう…聞きたいことは決まっているのに、どう切り出せばいいのかわからない。

「名前?」

ブルマさんが、心配そうにあたしの顔を覗きこんでくる。あの時、悟飯くんにはどうしても聞けなくて…だから、こうしてブルマさんのところまでやってきた。
なのに今聞かないで、どうするのよ、あたし。

「あの…昨日、悟飯くんからお母さんのことを聞いて…」
「え?」
「悟飯くんのお母さん、ってことは…悟空の奥さん、ですよね。あの…どうして、あの家に住んでいないのかな、って」

精一杯の思いでそう告げるあたしを、ブルマさんは黙って見つめているようだった。

「悟飯くんからは何て聞いたの?お母さんのこと」
「え、えっと…今は一緒に住んでいない、ということだけ」

それ以上は聞けなかったこと。当然悟空にも何も聞けずに、黙ってココへ来てしまったこと。ポツリ、ポツリと話すあたしの言葉をブルマさんは時折頷きながら聞いてくれた。

「ごめんなさい、突然お伺いしてしまって」
「全然いいのよ、そんなこと。逆に私は頼ってもらえて嬉しいくらいなんだから」

小さくウィンクするブルマさん。あたしが知っているブルマさんもそう…明るい人だってわかっているから。
だから、あたしは無意識のうちにブルマさんを頼ったのかもしれない。ぼんやりとそんなことを思った。

「孫くんの奥さん、チチさんって言うんだけどね」
「…はい」
「話しても、大丈夫?」
「え?」

突然話を途切れさせてそんなことを聞かれたから、驚いて顔を上げる。

「だって、泣きそうな顔してる」

そんな顔をしているつもり、あたし自身は全くなかったのに…思わずキュッと唇を噛む。

「大丈夫です、聞かせてください」

そのために来たんだから。
そう続けるあたしにブルマさんが頷いた。

「わかったわ。悟飯くんに聞いた通り、チチさんは確かに今別のところで暮らしてるの」
「はい」
「わかりやすく言うと、実家に戻った…っていうことになるのかしら」
「実家に、ですか?」

綺麗なデザインが施されているカップに入れられた紅茶を一口含んで、ブルマさんが続ける。

「悟天くんがまだ小さい頃だったかな…チチさんのお父様が体を壊されてね」
「……………」
「それをきっかけに一度実家に戻ったの。チチさん、一人娘だったし…孫くんからはこんなこと聞いてないと思うけど、元々子供の頃の口約束みたいなもので結婚したのよ、あの2人」

それは、あたしも知っていることだった。
ブルマさんの言葉一つ一つを固唾を呑むような気持ちで聞く。

「孫くんは結婚のけの字もわからないような状態で…でもまぁ、それでも仲良くはしてたのよ、悟飯くんも悟天くんも生まれているわけだし」
「…そう、ですよね」
「それでも、やっぱりチチさんにも思うところがあったのかもしれないわね…お父様の看病で実家に戻って、最初は一時的にって話だったみたいなんだけど、だんだんと疎遠になっていったみたいで、今では夫婦関係も解消してるって話よ」

今でもたまに子供の顔を見には来るみたいだけど、元に戻る気はないようだ…とブルマさんは続けた。

「孫くん、働かないしね〜…チチさんも結構大変みたいだったから」
「……………」

聞かされた内容は、思っていた以上に衝撃的なものだった。あたしが知っている『ドラゴンボール』と違ってきている。一体どうして…
色んなことが頭の中を駆け巡る中、いつもあたしの結論が行き着く先は一つ。


…あたしの、せい??


夢の中とはいえ、幼い頃の悟空に会った。
それからその成長に応じるかのように、幾度となく何度も何度も会っていた。


もしあれが、夢ではなく現実に起こっていたことだったとしたら?


あたしが知ってる『ドラゴンボール』の中の悟空は、少なくともそんな夢は見ていなかったはず。どんな形であれ、あたしが介入したせいでこの世界に変化が生じてしまったのだとしたら?

「名前?」
「…えっ」
「大丈夫?やっぱり、聞かないほうがよかったんじゃない?」
「いえ、大丈夫…です」

心配そうな表情を見せるブルマさんに、あたしは心配をかけまいと、精一杯笑って見せた。聞きたいと願ったのは紛れも無くあたしなのに…教えてくれたブルマさんに心配をかけるなんて申し訳ない。
でも、強がるあたしの心の中は、恐ろしさでいっぱいになっていた。

「名前?」

名前を呼ばれて、思わずまた唇を噛んでしまった。
あたしはこの時、一体どんな顔をしていたんだろう。
ブルマさんが慌てたように、テーブルに身を乗り出してくる。

「だからっ、どうしてアンタが泣きそうな顔するのよ〜」
「ご、ごめんなさいっ」
「何かあったらまた言ってちょうだい。私に出来ることだったら協力するから」

そう言って抱きしめてくれたブルマさん。
暖かい体温に包まれて少しだけ、張り詰めていた気持ちが和らいだ気がした。