16.…ごめんなさい…



『見上げれば同じ空。<16>』



「…はぁ…」

仕事の連絡が入ったようで、リビングを後にしたブルマさん。
同じ建物の中で事足りる…とのことで、すぐに戻ってきてくれると言っていたけど…あたしは膝の上で両手を組んだまま、小さくため息をつく。
何だかあたし…こっちに来てからため息ついてばっかり。
…幸せ、逃げちゃうなぁ。

ブルマさんの話を聞いてから、色んなことを考えている。
でも一番に感じるのは、罪悪感にも近い感情…だと思う。ふと窓の外へと視線を向けた。思っていた以上に、太陽がオレンジ色を強くしている。

「そろそろ、帰らなきゃ…悟天くん、まだ山で遊んでるのかな」

迎えに来てくれる、とは言っていたけど、やっぱり悪いような気がしてくる。お腹だって空かせているだろうし…何とか自分で帰れないだろうか。
ブルマさんにカプセルか何かを借りて…

「あ、でもあたし、普通自動車しか運転出来ないや」

感覚でだけでも、西の都とパオズ山ではあまりにも遠すぎるのがわかる。普通自動車で帰ろうとしたところで何日かかるかわからないし…遭難する、という情けないオチが容易に想像できる。
こんな時、一人では何も出来ないということを痛感させられるようだった。

「…黙ってきちゃったから、みんな心配するかな…」

小さく呟いて…ふと思う。
…帰る、か…
帰ってもいいのかな、あたし…あの家に。

「……………」

そう考えてしまったら、何だかもうどうしたらいいのかわからなくなった。このままブルマさんの家に置いてもらう…?いやいや、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
ブルマさんは仕事だってしているし、忙しいんだからっ。
それに、きっと変に思うだろう…悟空だって、悟飯くんだって、悟天くんだって。

「あぁ…本当にどうしよう…」

色んなことがグルグルと回っていて、もう頭を抱えたくなってしまうくらい。


シュンッ


その時。
小さな風の音がしたと同時に。

「名前!ここにいたんか!」
「っ…」

突然の声に思わずビクッとする。
何事っ!?…と思って振り向くといつの間にか室内に現れている悟空の姿。

「…び、っくりした…」
「あ、瞬間移動ってんだ!便利だろ?」
「う、うん」

便利だとは思うけど、目の前でやられるとはっきり言って心臓に悪い!そう思ったけど、とても突っ込める状況ではなくて思わず頷いてしまった。
悟空が、そんなあたしのことをじっと見下ろしてくる。

「名前、一体どうしたんだ?帰ったら誰もいねぇから、オラ驚ぇたぞ」
「…ごめんなさい」
「何か、ブルマに用でもあったんか?」
「まぁ、そんなとこ…でも、もう終わったから、大丈夫」

そう言いながら笑顔を見せると、悟空は「そっか」とだけ答えてくれた。
詳しいことまでは聞いてこない。何だか、悟空らしいな…と思うと同時に、救われたような気持ちになった。今、色々聞かれたところであたしは何を答えていいのか、わからないもの。

「じゃあ、帰ぇるか」
「…え?」

思わずパチパチ、と瞬きをしてしまうあたし。
てっきり、悟空もブルマさんに用事があって来たのだと思っていたけど…あたしも自惚れ、かな?もしかして…

「もしかして…迎えにきてくれたの?」
「何言ってんだ、当ったり前ぇだろ」

そう言って笑いながら、悟空があたしの肩に手を乗せてくる。


シュンッ


「あ、あれっ、もう着いたのっ!?」

瞬時に周りの景色が緑に変わったことにあたしは困惑した。
これが…瞬間移動。

「なっ、便利だろ?」

何だか、変な感じ…

「あ!ブルマさんに、帰るって言ってこなかったっ!!」
「そういやそうだなぁ。後で電話しとけば大丈夫なんじゃねぇか?」

そうだね…突然お邪魔したのに、親身になって話を聞いてくれたブルマさん。後で、もう一度しっかりお礼も言っておこう。

「なぁ名前、腹減らねぇか?」
「あたしは、まだ大丈夫かな」
「そっかぁ…オラ修行したから腹減ったぞ」

悟飯くんと悟天くんはまだ帰ってきていないようだった。悟空があたしの肩に置いてあって手を下ろして、家のほうへと歩いていく。
本当なら、チチさんがいたはずなのに…
チチさんがいたなら、家が留守になるなんてこと、なかったはずなのに…
思わず、また両手をギュッと握り締めていた。
途端に心が押しつぶされそうになってくる。弱気になってくる。


ブルマさん、あたし…やっぱりダメかも…


悟空の背中と、随分見慣れてきたはずの家を見ていたら、みるみる視界が歪んできた。


全然、大丈夫なんかじゃ、ないよぉ…


「名前?」

一歩も動こうとしないあたしを不信に思ったのか、悟空が足を止めて振り返った。表情を見られないように、あたしはとっさに下を向く。
でも、間に合わなかった。

「っふ…」

…涙、出てきちゃった。

「いぃっ!?名前っ、泣いてんのか!?」

慌てて悟空が近寄ってきた。
どうすればいいのかわからないようで、アタフタしているところが貴方らしい。こんな優しい人から、あたしは大切な女性を奪ったんだ…純粋で真っ直ぐなあの子たち2人から、大好きなお母さんを奪ったんだ…

「…っ、ごめっ、なさい…」
「え?」
「ごめんなさ、いっ…」

恥ずかしいくらい、止めどなく涙が溢れてくる。
だけど、今のあたしに涙を止める術は…思い付かなかった。