17.居場所




もう、本当のことを言ってしまおうか。
…何度も、何度もそう思った。



『見上げれば同じ空。<17>』



不覚だった。
我慢してたのに…思わず泣いてしまったあたし。
悟空も何が何だかわからないようで、困った表情をしていた。

「すん…」

促されて、家の中に入って。
ソファに座って膝の上で両手を組んで。
…今はただ、小さく鼻を啜ることしか出来ないでいる。

「…大丈夫か?」

何も言わず…何もせず…ただ、黙ってあたしの隣に座っていてくれた悟空がふいにそんなことを聞いてきた。言葉が出ないまま、あたしは頷く。
悟飯くんも悟天くんもいない。
いつもなら、悟空と2人でいても会話なんて尽きることがないくらいなのに…今日は静か過ぎるくらい。
あたしも色んなことが頭の中に浮かんでは消えていくし、悟空もきっと突然泣き出したあたしを見て、驚いているんだと思う。

「ごめん、ね」
「…ん?」
「いきなり、泣いちゃったりして」

そう言いながら、わずかに肩を竦めて…小さく笑った。
隣に座る悟空があたしのことをじっと見ている。

「おめぇ、さっきから謝ってばっかだぞ」
「そう、だね」

これ以上悟空の顔を見ていられなくなったのは…
きっと、図星をつかれたせいだ。

「名前は謝らなきゃならねぇようなことしてねぇだろ」
「…ん…」

違うんだよ、悟空。そうじゃないの…
本当のことを言ったら、悟空はどう思うだろうか。
この世界があたしの世界では漫画になっているんだって…だからあたしは、この世界に何が起こったのか、これから何が起こるのか、全部知っているんだって…もちろん言わないことには、あたしがどうして泣いてしまったのかなんて説明の仕様が無い。

「何でもないんだよ、悟空」

だけど、どうしても本当のことなんて言えなかった。
…言うのが怖い。思わずキュッと唇を噛み締めた。
そんなあたしを前にして、悟空が困ったように頭を掻いている…見なくても何となくわかった。

「名前、オラのこと嫌ぇになったんか?」
「えっ」

悟空の言葉に驚いて顔を上げる。
黒の瞳がじっとあたしの顔を見下ろしていた。
初めて見た、悟空の真剣すぎるくらいの表情。
目が逸らせなかった。

「何でもないとか、大丈夫とか、オラの前だとそればっかだ」
「っ…」

その言葉にあたしはハッとした。本当に、その通りだ。
でもね、悟空…

「違うよっ!」

とっさに、悟空の腕を掴んでいた。
あたしは泣き虫だ…また涙で視界が歪んでる。

「悟空が嫌いなんじゃない!」

だけどそれくらい、悟空に誤解されるのは辛かった。

「悟空が嫌いだったら、こんなに悩まないよっ!」
「名前…」

すぐ近くの悟空の瞳を見つめ返しながら、あたしは自分の目に溜まった涙をグイッと拭った。本当のことは話せない…でも、貴方に誤解されたままなのは、もっと怖い。

「あたし、怖かったの」
「何が…?」
「あたしが来たせいで、この世界に変化が起きてしまったんじゃないかって」

悟空の手が躊躇いがちにあたしの肩にそっと置かれる。

「あたしのせいで、この世界が変わってしまったんじゃないかって…怖かったの」
「そんなこと、考えてたんか」
「…う、ん」

唇を噛み締めて、コクンと頷くあたし。
頭上から降りてくる声が本当に本当に優しいと思った。

「世界が変わるって、名前の言ってることがオラにはよくわからねぇ」
「…そう、だよね」
「でもオラ、おめぇに会えて本当に嬉しかったぞ」
「っ…」
「それじゃあ、ダメなんか?」

ダメじゃないよ!
…って、本当ならすぐにでも言いたいところ。
だけど、言っていいのか今のあたしにはわからない。
黙るあたしの顔を、ふと悟空が覗き込んでくる。

「悟くっ…近い…」
「だっておめぇ、さっきから全然オラのこと見ようとしねぇじゃねぇか」

それは確かにそうだけど…顔が赤くなってしまいそうなのを必死に堪える。今なら、聞けるかな。
ずっと悩んでいたこと。ずっと聞くのが怖かったこと。

「あたし、ココにいてもいいの?」

そんなあたしに言葉に悟空は驚いたみたいだった。
一瞬の沈黙。

「ははっ、おめぇ何言ってんだ。そんなの当たり前ぇだろ」
「悟空」
「オラ、名前にはずっとココにいて欲しいぞ」

あたしが一番欲しかった言葉。
あたしが一番見たかった笑顔。
我慢してたのに…どんどん涙が溜まっていく。

「悟空ぅ〜…うわぁぁ、ん」
「わわっ、だから泣くなって名前〜っ」

悟空の言葉と笑顔が不安を拭い取っていったみたいだった。
抱きしめるわけでもなく…慰めの言葉をかけるでもなく…悟空はただ笑顔であたしの側にいてくれる。
今はまだ、ココにいていいんだよね?
貴方の笑顔を、近くで見ていていいんだよね?



外はすっかり夕暮れ。
ちなみに、あたしと悟空は未だに2人きり。何だか恥ずかしくて、今はちょっぴり距離を開けて座っている。思いっきり泣いてしまったせいか、あたしの鼻声と潤んだ瞳はまだ治らない。

「こんなんじゃ、悟飯くんと悟天くんに変に思われちゃうね」

手鏡で自分の顔を確認しながら、そんなことを呟く。
正直、泣いてしまったことは内緒にしておきたいところだ。

「ははっ、大ぇ丈夫だろ」
「そうかなぁ…」
「ああ!それにしても遅ぇな、あいつら」

そろそろ帰ってくる頃だろうな。
…なんてことを思っていたその時、ふとドアがノックされる。

「あ、帰って来たかな」
「っ、名前…」

出迎えようとドアに向かうあたしを、悟空が呼び止めようとしたような気もしたけど、すでにドアへ向かっているあたしの足は止まらなかった。
…あれ?
そういえば、悟飯くんも悟天くんも自分の家に帰ってくるんだから、いつもノックなんてしてなかったはずなのに…それに、ちょっと乱暴な感じのノックだったよね…


ガチャッ


しかも、ドアはあたしがノブに手をかけようとした瞬間…勝手に開かれた。あたしの手はただただ所在無さげに宙を彷徨っている。そして、そこに立っていた人物を見上げて、あたしは固まるしかなかった。

「あ?」

その人も訝しげにあたしのことを見下ろしている。
いや、これは睨んでいる…っていうのかな。

「…あ、あれ?」
「誰だ、てめぇ」

悟空とよく似た声。そして…

「名前〜、大ぇ丈夫か〜?」

後ろから悟空があたしのほうへと歩いてくる。
…同じ顔が2つ…
あたしは驚きを露にしたまま、しばらくその人と悟空を交互に見上げていた。