2.この手に、触れてみたい

「・・・オラ、なんか変なんだ」



『見上げれば同じ空。<2>』



天気の良い昼下がり。
一番そういう言葉が似合わない人間から、そんな言葉が出たものだから、その場にいた者たちは一瞬耳を疑った。
ウミガメの背中に乗せてもらい、キャッキャッとはしゃいでいる幼い悟飯を除いては。

「何だよ悟空、風邪でもひいたのか?」
「いやぁ、そういうんじゃねぇけど」

ん〜…と考えつつ、悟空が再び口を開く。

「クリリン、夢って見るか?」
「はぁ?何言ってんだよ、夢なんて寝るんだから見るに決まってるじゃないか」
「だよなぁ…」

意味深なことを口にして、悟空はまたしても腕を組み黙ってしまう。何だかよくわからないが…悟空が悩んでいる。あの、悟空が。
そんな珍しい状況に亀仙人とブルマも話に加わってくる。

「孫くん、何が言いたいの?はっきり言わないとアンタの場合わからないわ」
「そうじゃなぁ…悟空、夢を見るのは別に珍しいことではないぞ」
「ん〜…」

それは悟空にだってわかっている。
ただ、自分の場合何かが違う…そんな気がしてならない。

「いや、オラさ、すっげぇ子供の頃からたま〜になんだけど、夢で同じヤツに会うんだ」
「同じ夢を見るってこと?」
「同じ夢って訳じゃねぇ。いっつも違う話してるしな…ただ真っ暗ん中に2人で立ってて、ずっと色んな話をしてんだ。そいつの話、すっげぇ面白くてさ。オラ、結構楽しみなんだ!」

そう言って笑う悟空を見て、どうやら悪い夢ではないらしいということは3人ともわかった。ただ、同じ人物が出てくるというのは気になる。夢の内容は様々だが、同じ人物が出てくる夢などそうそう続けて見るものではない。

「その人って、どんなヤツなんだ?」
「そうよ。孫くんがそういう夢を見るってなんか不吉じゃない?次に現れる敵とかじゃないでしょうね?」

興味深々と言った表情のクリリン。
その隣でブルマは何処か疑惑を含んだ眼差しを向けている。そんな目を一身に受けながらも、悟空は笑顔だった。

「そんなんじゃねぇって。すっげぇ良いヤツなんだ、ホントに。たぶん、女だしな」
「お、女!?」
「驚いた〜…孫くんにもそういうところあるのね〜」

女だと口にした途端、何故クリリンと亀仙人が驚いた表情をしたのかも…何故ブルマが突然からかうように肘で自分を突付いてきたのかも、悟空にはわからなかった。

「でもダメよ〜、孫くん。アンタにはチチさんも悟飯くんもいるんだから」
「ん?あぁ」

自分で言い出しておいて、ふと悟空は気がついた。そういえば、ここ数年、また彼女に会っていないな…と。
最後に会ったのは一体いつだったか。
そう考えていると、ふと会いたくなった。
暗闇の中にも関わらず、話をしているだけで何故か楽しくなる彼女に。






それから数日後の夜。
悟空はふと、また暗闇の中に立っている自分に気がついた。

「…やっぱ、同じ夢なんか」

無意識のうちに、目で彼女を探す。
その時、ふいによく見知った…不思議な気を感じ取る。

「こんばんは」
「あ、おっす!」

ふっと目の前に現れた透明の壁。
彼女はやっぱりその向こうにいた。そして、自分のことを見てひどく驚いた顔をしている彼女に気付く。

「どした?何かあったんか?」
「お…おっきくなって、る…」
「へ?」

ふるふると震える指先で悟空を指差す彼女。
そういえば…

「ははっ、会うの随分久し振りだったもんな」
「そんなことないよ!昨日会ったばかりよ、あたしは」

前にも聞いたことのある一言を彼女が放つ。

「そうなんか?まぁ、夢だから仕方ねぇよ」
「まぁ…そうなんだけどね…でも、びっくりした」

前回会った時は確かに同じくらいの目線だった彼女。今では完全に悟空が見下ろすような形になってしまっている。
そんな悟空を見上げつつ、彼女は驚きも去ったのか、またいつも通り色んな話をしてくれた。
その話を頷きながら聞いている悟空。
何故か…言葉が出てこない。


じっちゃんたちに、夢のこと話したからか?


…なんか変だな、オラ


「…空…悟空!」
「っ…あ、悪ぃ」
「もぅ、今聞いてなかったでしょ」

確かに、全然彼女の話の内容が頭に入っていなかった。困ったように、後頭部を掻く悟空。

「どうしたの?今日の悟空、なんか変だね」
「オラ、やっぱ変か?」
「ん〜…なんていうか、静か過ぎる」

透明な壁を挟んでだけど…彼女が悟空との距離を一歩詰めた。

「悟空はいつも笑ってなきゃ」

あぁ、そうだ。
もやもやとしていたものが、その一言で悟空の頭の中で形になった。

「オラ…」
「ん?」
「オラ、おめぇに会ってみてぇな」

言葉にすれば、こんなにも簡単なものなのに。
悟空の言葉に当の彼女は驚いた顔をしていた。

「何言ってるの?こうして会ってるじゃない」
「そうじゃなくてよ」

厳密に言えば、今のこの状況も“会っている”のかもしれない。
でも、悟空には何か違う気がしてならない。
ただ、どう違うのか、何が違うのか、はっきりとしないのがもどかしかった。一つ言えるのは…

「この壁、邪魔じゃねぇか」
「まぁ、確かに」
「こういうんじゃなくてよ、オラ、名前にはちゃんと会ってみてぇんだ」

悟空のことをじっと見上げたまま、彼女は少しだけ考える素振りを見せた。
そして、ゆっくりと微笑んでいく。

「そうだね…そういうことならあたしも、悟空に会ってみたい」

彼女がそっと手を壁についた。
悟空も無意識にそっとその手に自分の手を重ねてみる。壁を通しては彼女の暖かさを感じることは出来なかったけれど…何故か、心満たされるような気がした。

柔らかな笑顔。
自分とは比べ物にならないくらいに、小さな手。
どうしてかなんて、わからないけれど。
強く強く悟空は思った。


この手に、触れてみたい。