3.そこは、荒野のど真ん中。
「オラ、おめぇに会ってみてぇな」
『見上げれば同じ空。<3>』
昨日の夢ではそんなことを言われた。
「……………」
目が覚めても、どうしても布団から起き上がることが出来ないあたし。理由は簡単。夢の余韻に浸っているからだ。
「あの悟空に、あんなことを言われてしまった…」
少なくとも、あたしの中のイメージの悟空からは想像も付かない言葉だ。自分に会ったところで特別面白いことがあったりする訳ではないと思うが…それでも嬉しい。
「は、鼻血ものだわ…」
仕事前、寝起きの一言でそんな腐女子発言をしてしまうあたしだけれど…それくらい悟空には憧れてるのよ!!
しばしの余韻を楽しんだ後。
仕事に向かうべく、支度を始めた。
薄く化粧をして、髪を整えて。
鞄の中に朝起きて作ったお弁当を詰める。
「行って来ま〜す」
そんなことを言ったところで、返事は返ってこないけど…「行って来ます」と「ただいま」は必ず言うようにしている。
その日もいつもと何ら変わらない朝だった。
いつもの通い慣れた通勤路も何の変わりもなく…職場に着くはず。
と、思っていたのに…!!!!
「…う…う〜ん…」
あたしはジリジリとした茹だるような暑さに不快指数MAXのまま目を覚ました。
「あ、あれ?」
上半身を起こして、キョトンとしてしまう。
何処?ここ。
何も変わらない一日の始まりだったはずなのに、異変は突如やってきた。…というか、あたしがその異変を避けることが出来なかったの。
だって!!
誰だって予測なんてしてないじゃない!!
何で、あんな道のど真ん中のマンホールのフタが開いてんのよ!!誰か落ちたらどうするのっ…て、思いっきり落ちたのはあたしか。
心の中で怒りを再燃させながら、ふぅと小さくため息をつく。そして、もう一度周りに目をやって…ふと気がついた。
「あたしの服…何で濡れてないの?」
この暑さで乾いたのだろうか?
「思いっきり落ちたのに、何で怪我してないの?」
どう見ても無傷だけど…すぐに気を失ってしまい、全く覚えていない。
そして、それ以上に…
「マンホールに落ちたのよ?あたし何で、こんな屋外にいるの??」
しかも、こんないかにも荒野のど真ん中に!!
一問一答してみるけど、あたしの代わりに誰か答えてくれる訳でもなく。
疑問は解けないまま。
せめてもの救いは、通勤準備をした鞄が側にあったことだろうか。
「そうだっ!携帯電話!!」
はっと閃いて、大急ぎで携帯電話を開いてみた。壊れてはいない…電源も入る。だけど…
「あぅ、圏外っ」
考えてみれば当然の話。
こんな荒野に携帯電話の電波が届くとは到底思えない。仕方なく、あたしはとぼとぼと歩き始めた。このままココに倒れていたところで、いずれ干からびる…
「一体、今何時頃なの〜?」
あれから、一体どれくらい歩いただろうか。
ジリジリと照りつける太陽はどうやら容赦を知らないようで、あたしの体力をどんどん削り取っていく。
わずかな期待を胸に歩き始めてみたはいいけれど、全く状況が改善される様子はない。
何だか、泣きたくなってきた。
「だいたい、こんな荒野みたいなとこ、まだ日本に残ってたの?」
例えるなら…そう。
サイヤ人が来襲する前に、ピッコロが小さな悟飯を鍛えていた場所そのもの。
「あ〜…ダメ。疲れた」
その時。
ふと前方に地面にうっすらとだけど、緑があるのを見付けた。すかさずそこに歩みを進め、腰を下ろす。ここだけ、緑の匂いがする。
この先どうしたらいいのかわからないまま、とりあえずあたしは休憩をとることにした。我ながら、変なところ肝が据わっていると思う…
おもむろに鞄を開けて、朝詰めてきたお弁当を広げた。一口…また一口…
口に運びながら、これからどうしよう…と頭はそのことでいっぱい。はっきり言って、味なんて全然わからない。
…グルルル…
「ん?」
何とかお腹を満たしながら、また泣きたい気持ちになっていたその時、今…微かに唸り声みたいなものが聞こえた。
確かに聞こえたっ!
恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこには本当に本当に立派な牙を持った動物。
「サ…サーベルタイガー…??」
うそでしょっ…
サーベルタイガーって、確か絶滅してなかったっけ!?
一定の間合いを取りながら、あたしに詰め寄ってくるその動物にあたしは思った。
このままじゃ、喰われる。
パニックに陥りそうな頭で必死に考えて、お弁当の中に入っていた唐揚げを放り投げてみた。
…あ、食べてる食べてる。
無くなったらまた一つ、二つ。
標的があたしに移らないように、必死に食べ物を放り投げ続けるあたし。でも、いずれコレが無くなったら絶対あたし食べられちゃうって〜〜〜!!?
何でこう、次から次へと訳のわからないことばっかり起こるの!!?
あたし、そこまで日頃の行いは悪くないはずよっ!!
年甲斐も無く、本当に泣いてやろうか。
そんなことを考えていたその時。
「おい、悟天!あの人じゃないか!?」
「あっ、ホントだ!!お〜い、お姉ちゃ〜ん!!」
「…へ?」
はるか頭上から…声がした。
見上げて、思わず固まってしまう。
思考回路が停止するって、まさにこんな感じなのかなぁ…わたくし名前…ピンチに立たされているにも関わらず、ものすごく客観的にそんなことを考えていた。