そこは静かな静かな場所。
たくさんの緑に囲まれて、川のせせらぎが心地良い。だが、ココを訪ねてくる人は限られている。
「よっ!」
「あっ、クリリンさん!」
ドアをノックするのとほぼ同時に顔を覗かせた人物を悟飯は笑顔で出迎えた。昔から親しくしているこの人物とて、ココに来る機会は決して多くない。
「どうしたんですか?来るなら連絡してくれればよかったのに」
「いや、久し振りに遊びに来ただけだから」
家の中に招き入れられながら、ふと気付く。
「何だ、悟空も悟天もいないのか?」
「ええ。父さんは修行に行ったんだと思います。悟天はトランクスくんのところに遊びに」
「ああ、そっか」
「すみません、せっかく来てくれたのに」
父さんが行き先を言わずに出掛けるのはいつものことなので…そう続ける悟飯にクリリンは昔からそうだったな、なんて心の中で思い、笑った。
「夕飯時には帰ってくると思います。せっかくなので、ゆっくりしていって下さい」
「ああ、ありがとな」
平和になり、学者を目指して勉強中の悟飯。
小さな頃から知っているクリリンにとって、悟空はもちろん悟飯とこうして色々な話をするのも楽しい。彼が悟空、悟天とはまた少し違ったタイプに成長したからこそ、なのかもしれないが…
テーブルを挟んで、席につきながら皆の帰りを待っていたその時。悟飯はふと思い出したかのように口を開いた。
「そういえばクリリンさん…父さんの不思議な話、聞いたことあります?」
「不思議な話?」
一瞬、クリリンは何を言われているのかわからなかった。だが、悟飯の話を聞いているうちに徐々に思い出す。
そういえば、一度だけ…
「僕も一度しか聞いたことがないんですけど、何だか気になって」
「ああ、悟空はいちいち夢の内容を気にするようなヤツじゃないからなぁ」
「そうなんですよ…何だか、父さんらしくないっていうか」
あれはもう何年も前。
まだ悟天も生まれていなかった頃のように記憶している。それでも、とてもよく覚えていた。
『見上げれば同じ空。<4>』
綺麗な三日月の夜。
ふらりと涼みに出た悟空に付いて行ったことがあった。
「綺麗なお月様だね〜」
「そうだなぁ」
その頃はまだ歴然だった身長差の父親を精一杯見上げる。
「ねぇお父さん、何処から見ても同じお月様が見えるのかな?」
「さぁ、どうだろうなぁ…」
「でも、どんな世界でもきっと空で繋がってるんだよ!」
「オラよくわかんねぇけど…でも、そうだといいな」
「…もしそうだったら、名前にもいつか会えんのかな…」
「え?誰?」
ふと、悟空が何かを呟いたのを悟飯は聞き逃さなかった。少しだけ困ったような表情で笑う悟空。悟空がそんな顔をするのは珍しい…
だからだろうか…この時の悟空の姿が幼い悟飯の記憶に鮮明に残った。
「父ちゃんの会ってみてぇヤツさ」
「会いに行けばいいじゃない。何処にいるの?その人」
「さぁなぁ…」
悟空の瞳は月を見つめ続ける。そして笑顔を作りながら、横にいる悟飯を見下ろした。
「オラも、夢の中でしか会ったことねぇんだ」
夢の中の人物とはいえ、悟空にあんな表情をさせる者。気にならない訳がない。
クリリンと2人、何となくそんな話をしていたその時だった。一瞬、青空が真っ暗に変わる。
だが、すぐにまた雲ひとつ無い青へと色を変える空。
「何だ?神龍か??」
「それにしては暗くなっている時間が短すぎたような気がしましたけど」
「……………」
「……………」
理由なんてない。
だけど、何となく…イヤな予感がした。
さて…サーベルタイガーのお腹におさまる一歩手前だったあたしですが。
今は一転。
お空を優雅にお散歩中。
…いや、とてもそんな呑気な状況ではないですが…
「ねぇねぇ、お姉ちゃん、どっから来たの?」
「わわっ」
横からズイッと顔を近付けて来る少年…名前は悟天くん。あたしにとっても見知った顔だったから、もしかしたらとは思っていたけど、名前だけでなく悟空の息子ってところまであたしの知識と狂いは無いらしい。
「待てよ悟天。急に色々聞いたら、この姉ちゃん困っちゃうだろ」
「だって、トランクスくん」
「俺も色々聞きたいことあんだからさぁ…ちょっとは我慢しろよな」
そして、あたしの脇の下を掴んで軽々と体を持ち上げてくれちゃっているのが、トランクスくん。こちらもあたしの記憶と狂いは無いようだった。
その2人に連れられて、あたしは何とか荒野から脱することが出来た。ついでに、サーベルタイガーも2人が追い払ってくれた。
…のは、いいんだけどっ!!!
「あ、あのね!!」
「ん?何、お姉ちゃん」
「2人は何であたしのこと知ってるの?」
「僕たち、お姉ちゃんのことなんて知らないよ?」
「え?だって、あたしがあそこにいるの、知ってた、みたいじゃない!?」
そう、あたしにはそんな風に思えてならなかった。まるであたしがあそこにいるのを知っていたみたいに、2人がやってきた…
そんな気がしてならない。
「姉ちゃんの気は変わってんだよ」
「へ?」
真上から声がして見上げるけど、トランクスくんは真っ直ぐ前を向いたまま。
「変わった気を探ったから、すぐ見付けられたんだ」
「お姉ちゃん、異世界の人なんでしょ?」
「い、異世界??」
嬉々としている悟天くんに反して、あたしはキョトンとしてしまう。
異世界?
何?
何のこと??
「神龍が教えてくれたんだ!ね〜、トランクスくん」
「へっ…神龍が、教え?えぇ?」
悟天くんとトランクスくんを交互に見ながら、プチパニックのあたし。
…夢だ。
これは夢の続きを見ているんだ、あたし。
思わずそう思い込ませようとする。
すると、不思議とすごく納得がいった。
そうよ!夢の続きっていうなら話は別…しっくりくる!!だいたいマンホールに落ちるってこと自体が非現実的すぎるのよっ!!
きっとあたしの体は今も家のベッドの中でスヤスヤ寝ているに違いない…
「そ、そろそろ起きなきゃなぁ…」
かなりの高度を飛んでいるのか、眼下に家らしきものがポツンと小さく見える。そんな景色を見ながら思わず頬を汗が伝った。
「悟天、ちょっとスピードあげるぞ」
「…は?…」
トランクスくん?今、なんと言いました??
一瞬、不安そうな表情であたしを見る悟天くん。
「でも、大丈夫かなぁ」
「大丈夫さ、姉ちゃんのことは俺がしっかり掴んでるから。それに、お前だって早く姉ちゃんと色んな話してみたいだろ?」
「うんっ!!」
悟、悟天くん?結局トランクスくんの意見に賛同しちゃうわけ??
言葉が出ないあたしを残し、トランクスくんと悟天くんの全身が一瞬にして白っぽいオーラのようなものに包まれた。
「「GOーーーーーーーッ!!!!」」
「ちょっ、待っ、大丈夫じゃなぁぁぁぁ…ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
グンッ、と体全体に負荷がかかって。
ものすごい風を受けながら、あたしは意識がだんだんと薄れていくのをまるで人事みたいに感じていた。
これは夢。
絶対夢。
ちょっとリアルすぎるけどっ…絶対夢〜〜〜〜〜〜っ…