5.これはきっと、たぶん夢。


「やっぱりお前たちだったのか!神龍を呼んだのは!!」
「でも、兄ちゃん〜」
「悟天!ドラゴンボールを簡単に使ったりしたらダメじゃないか!トランクスくんも!」
「は・・・はぁい」



『見上げれば同じ空。<5>』



椅子に並んで座らされている悟天とトランクス。そして、その2人の前に仁王立ちしてお説教中の悟飯。
クリリンはそんな状況をテーブルにつきながら、眺めていた。

「ほら見ろ。悟天のせいで怒られちゃったじゃないか」
「僕だけのせいじゃないよ。お姉ちゃんが気を失っちゃったんだから、仕方ないじゃないか。だいたい、スピードあげようって言ったのはトランクスくんでしょ?」

悟飯に怒られながら、2人はこそこそとそんなやり取りをしている。猛烈なスピードに耐えられなかったのか、間もなく意識を失ってしまった彼女。
困り果てた2人は、とりあえずその時、都に行くよりはパオズ山に向かった方が早いと判断し、悟天の家へと彼女を連れてきた訳だったのだが…

「これならやっぱり俺の家に行ったほうがよかったよ」
「トランクス…ブルマさんだって怒ると思うぞ?」

思わず苦笑いをしながら、口を挟んだクリリンの言葉に2人も言い返す言葉がないようで、黙ってしまう。わずかに頬を膨らませ、むくれている姿は本当に年相応だ。
はぁ、と小さくため息をついて…悟飯はチラリとソファへと目を向けた。
そこには今だ意識を取り戻さない一人の女性が横たわっている。額にタオルを乗せられたその表情は、連れてこられた時よりは幾分赤みをさしてはきているが。

「で、この人は一体誰なんだ?」

呆れたように問いかける。
その言葉に悟天の顔がパッと明るくなった。

「あのね、異世界のお姉ちゃんなんだよ!」
「い、異世界??」

予期していなかった答えに、思わずテーブルに頬杖をついていたクリリンの顔がズルッと滑り落ちる。

「異世界って…神龍が呼んだのか?」
「違うよ」

悟天とは対照的に、まだ少しムスッとした表情をしているトランクスが横から答えた。

「俺ら、確かに異世界ってあるのかなって話にはなったんだ。2人で考えててもラチがあかないし、きっとママたちに聞いたってわからないだろうから、神龍に聞いてみようって」
「でもさ、神龍が呼んだんじゃないんだよね、トランクスくん?」
「…どういうことだ?」

2人の言わんとしていることがわからなくて。
悟飯もクリリンも思わず眉根を寄せてしまう。

「確かに俺ら、神龍は呼び出したよ。でも、その姉ちゃんを呼んだのは神龍じゃないんだ」

7つのドラゴンボールを集めて呼び出した神龍。
“異世界はあるのか?あるならそこにはどんな人たちがいるのか??”
そんな興味本位の質問をぶつけてきた2人の子供に神龍はこう答えたのだ。



『それは私が答えずとも良いことだ。その者に直接聞いてみるがいい』



そうとだけ告げて、他に願いがないと知った神龍は消え、ドラゴンボールは再び世界に散らばった。

「そしたら変わった気があったから、その人のところに行ったんだ」
「そこにいたのが、この人だったのか?」
「そうだよ」

衝撃の答えに思わず黙ってしまう悟飯とクリリン。2人が嘘をついているようには思えなかった。
悪戯はするが、素直な2人だし、実際に自分たちも一瞬だけ空が暗くなったのを目にしている。神龍が願いを叶えず、そのまま消えてしまったのなら…あの時、空が一瞬だけ暗くなったのも納得がいく。

「異世界の者、って…ホントかよ?普通の人間と同じに見えるよなぁ?」

そう言いながら、彼女の寝ているソファに歩み寄り、そっと顔を覗きこむクリリン。
柔らかそうな頬。
伏せられた長い睫毛。
すっと通った鼻筋に、ふっくらとした唇。
目は伏せられているものの可愛らしい顔立ちをしているのだろう。だが、自分たちと何ら変わりは見られない。
異世界の人間、と言われてもピンと来ないというのが正直なところだった。

「俺たちだって知らないよ〜。色々聞いてみたかったんだけど、そんな間もなくこの姉ちゃん気絶しちゃったから」
「ふぅん…」

まじまじとその眠っている表情をクリリンが見ていた…その時。


パチッ


「っわわ!!」

いきなり彼女が目を開けて、ガバッと体を起こした。突然のことに思わず一歩後ろに下がるクリリン。

「…はっ!何処っ!ここっ!!?」

何が何だかわからないようで…
キョロキョロと周囲を見回している彼女。
どうやら気分はもう悪くないようで…悟飯は安堵した。

「お姉ちゃん、大丈夫?」
「俺、その…ごめんなさい。まさか気絶しちゃうとは思わなくて」

今まで悟飯に怒られていたにも関わらず、彼女の目が覚めたとわかるや否や、すばやく駆け寄る2人。それだけ彼女に対する2人の関心が高いのだろう。一瞬驚いた表情を見せた彼女の表情が徐々に和らいでいく。

「でも俺!姉ちゃんのこと落としたりしないでちゃんと運んだからさ!だから…」
「うん、ありがとう」
「ははっ」
「あたしこそごめんね。空なんて飛んだことなかったから」

2人が気にしないように、優しく微笑むその表情に、悟飯とクリリンの警戒心もわずかにだが薄らいだ気がした。感じる気もそうだが…悪い者には見えない。
それが2人の第一印象だった。

「あの僕、孫悟飯と言います。そこにいる悟天の兄です。弟が、何やら迷惑をかけたようで…」

すみませんでした。
…と、告げる悟飯に彼女は一瞬ひどく驚いた顔をして。その後、慌てて胸の前で両手を振って見せた。

「と、とんでもないです!あたしこそ2人には助けてもらっちゃって…感謝してます」
「助けた?」
「ええ、トランクスくんと悟天くんが来てくれなかったらあたし…今頃サーベルタイガーに美味しく頂かれてました、きっと」
「は、はぁ…」

あはは、と笑う彼女だが…内容ははっきり言って、笑っていられるようなものではない。

「あの、聞いてもいいですか?」
「はい?」
「貴女はその、何処からいらしたんですか??」
「何処から?」
「いえっ、こいつらも言っていたんですけど、本当に変わった気をしているし…」

思わず苦笑いをしながら質問をする悟飯に彼女は、あぁ、と頷いた。

「あたしにもよくわからないんですよね。マンホールに落ちたら、何故か荒野にいて…夢の中でこんなことを言うのもなんだけど、たぶん夢を見ているんだと思うんです」
「夢、って…」
「はい、たぶんそろそろ目が覚めると思うので、それまで放っておいてください」

にっこりと笑いながら、すごいことを言ってのける。口には出さずとも、悟飯とクリリンの頭の中には同じ感想が浮かび上がっていた。
楽天家なのだろうか…何だか、こっちのほうが調子が狂ってしまう。


「あ、すみません。目が覚めて急にこんなこと聞かれたら…戸惑いますよね」
(もし本当に異世界から来たんだとしたら、さぞかし不安だろうな…聞きたいことはたくさんあるけど、少しずつにするか)


「……………」
(やっぱり…普通の人間にしか見えないよなぁ?)


「ねぇねぇ、お姉ちゃん!元気になったら俺と遊ぼうね!」
(すっげぇな、異世界の人って不思議な力が使えたりするのかな?)


「あっ、ずるいよトランクスくん!僕も僕も!!」
(強いのかなぁ、このお姉ちゃん)


上から順に悟飯、クリリン、トランクス、悟天の言葉と胸のうち。
それぞれ思うところがあるのは当然のことで。
そんな関心を一身に受けた名前はキョロキョロッと辺りを眺め…人知れず小さなため息をついた。
その心理は…


…悟空はいないのかなぁ…?


悟飯くんたちに会っちゃったのはびっくりだったけど…う〜ん…どうせ夢なら、覚める前に悟空にも会いたいなぁ。

…と。
結構余裕かもしれない。